かお。

フィルター

no.28 Martha

UPDATE : 2017/Jun/27
AUTHOR: 加賀 耕平

no.28 Martha

 

東海岸のメリーランドっていうところに息子がいるの

孫もいるわ

 

カリフォルニアの海の色のような瞳でぼくの顔をまっすぐに見て

マーサは微笑んだ

 

赤いウェスタンシャツとベースボールキャップ

そして胸に引っ掛けた黒いセルフレームのレイバンはアメリカそのものだ

 

ボランティアでやってるところもたくさんあるみたいだけどわたしは違うの

ガイドのプロとしてちゃんとこの仕事で生計を立ててるのよ

愛だけじゃ生きていけないから

 

ドイツから来たという妙齢のカップルとぼくたちは

果てしなく広いもともとは空軍の基地だったという芸術家の王国の中庭を

そんなマーサの後をぺたぺたとついていく

先生に率いられる子供たちのように

 

そしてたどりついた二棟の煉瓦の館は

アルミニウムでできたジャッドの端正な立体で埋め尽くされていて

その建物とはアンバランスなほど小さな扉の鍵を開けてその部屋に足を入れたマーサは、まるで初めてここに来た人みたいにすこし頬を赤らめて

素晴らしい、とつぶやいた

 

たとえただ煙草を吸うだけの孤独な一日があったとしても

この鈍色の箱の群れがある限り彼女の魂は救われる

 

それが年老いた芸術家の思惑であったかどうかは知る由もないが

この世にある魔法のひとつであることは彼女の頬を見ればすぐわかる

 

亡霊(ゴースト)なんていないけど、魂はここに棲んでいる

マーサはつまり、ドナルド・ジャッドなんだよ

TIE UP PROJECT