UPDATE : 2017/Jun/27
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東海岸のメリーランドっていうところに息子がいるの
孫もいるわ
カリフォルニアの海の色のような瞳でぼくの顔をまっすぐに見て
マーサは微笑んだ
赤いウェスタンシャツとベースボールキャップ
そして胸に引っ掛けた黒いセルフレームのレイバンはアメリカそのものだ
ボランティアでやってるところもたくさんあるみたいだけどわたしは違うの
ガイドのプロとしてちゃんとこの仕事で生計を立ててるのよ
愛だけじゃ生きていけないから
ドイツから来たという妙齢のカップルとぼくたちは
果てしなく広いもともとは空軍の基地だったという芸術家の王国の中庭を
そんなマーサの後をぺたぺたとついていく
先生に率いられる子供たちのように
そしてたどりついた二棟の煉瓦の館は
アルミニウムでできたジャッドの端正な立体で埋め尽くされていて
その建物とはアンバランスなほど小さな扉の鍵を開けてその部屋に足を入れたマーサは、まるで初めてここに来た人みたいにすこし頬を赤らめて
素晴らしい、とつぶやいた
たとえただ煙草を吸うだけの孤独な一日があったとしても
この鈍色の箱の群れがある限り彼女の魂は救われる
それが年老いた芸術家の思惑であったかどうかは知る由もないが
この世にある魔法のひとつであることは彼女の頬を見ればすぐわかる
亡霊(ゴースト)なんていないけど、魂はここに棲んでいる
マーサはつまり、ドナルド・ジャッドなんだよ