路上のモノ

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「路上のモノ」 その九

UPDATE : 2013/May/16
AUTHOR: 随筆家 ヤマヒデヤ

「路上のモノ」 その九

 

 

「ソレってなんですか?」

 

 

彼の心には一般の皆さんがわかる表現でいうところの「ポッカリ穴のあいた」という状態である

 

もう10年ばかりこういう感じだ

 

埋まるコトの無い心

 

忘れられないソレのせいで
その想いが強いせいで

 

異性に対しては冷静で居られた
出会いがあったところで

 

要はそこまで好きにならない
もしくはなれない
というコトだ

 

それはソレを求める気持ちが強いからだろう
彼の頭の中はソレでいっぱいなので他の女性の入り込む余地が無い

 

そしてソレのコトでその当時
そうとう傷ついたらしく
あの時以来
異性に対する
諦めであったり
恐怖であっあり
そういう類のコトもこの心に
刻まれた

思われる

 

お酒に酔うと彼はよく同じコトを言う
「もういいんだ
傷つくのは…
そこまでして
愛を育む気持ちが
今の僕には無いんだよ」

 

聞いた僕は思う
ソレはそんなにいいのかい?

 

好みや価値観というものは
人それぞれであるが
少々キミのそれは
狂気に近い感じがするよ

 

同じモノを求めても
同じモノは無い
それは人であっても
工業製品であっても
同じこと
いくらキミが頑なにソレを想っていても
それは遠い過去のコト

 

僕はキミが心配だ

 

このままそれを背負いこんで生きていくのは

 

彼は言う
「もうあの当時のまま時間は止まってしまっているんだよ
それどころか
きっと僕の中でソレは美化されていってるんだろう」

 

一応そういうコトはわかっているようである

 

がしかし
やはりソレに対する想いは
いつまでたっても冷えるコトは無いようだ

 

今夜も彼とそういう話になり
お酒を酌み交わす
毎回同じ話だ
他の人には話していないようなので
僕が聞いてやる
毎回同じ話でつまらないが
それで彼が救われるのなら
何回でも聞いてやろう
彼は僕にとってとても大切な友だちなので

 

しかし
なぜいつも彼はそんなに恋い焦がれてるのに名前で呼んだり
彼女はとは言わずにソレと言うんだろう?

 

僕は彼と会ったのは4年前なので
10年前のコトはわからない
でも
わからないなりに毎回聞いているが
このソレという表現だけは気になって仕方が無い
どうしてなんだ
いつも
いつも
いつも
聞こうと思うのだが
彼が話し出すと
割って入れない
というか
完全に彼のペースになる
口を挟めない

 

しかし
今夜はそのチャンスに巡り合わせた
彼はいつも店を出る前に
もしくは来て早々にトイレに行くので店に居てる最中には絶対行かない
でも今夜は珍しく話してる途中で席を立ちトイレへ
これはチャンス
帰ってきたら聞こう

 

そして彼はトイレから戻った

 

僕はおもむろに
「あのさぁ
前から聞きたかったコトがあるんだけど
そんなに好きなのに
どうしていつもソレ呼ばわりなわけ?」

 

すると彼の答えは

 

写真見せてやるよ

 

そう言えばどんな人か気になるし
写真なんて見せてもらったコト無いな
なので僕は前のめり気味に

 

彼の差し出した写真には
一台のスロットが…

 

「これなに?」

 

これがソレらしいのである
人じゃない
絶句してしまった
僕を騙そうとしているのか?
いやもしこれが本当だとすると
僕はこんな話を何年も聞いていたわけか?
僕は女性の話だと思ったから
友達だから聞いてたのに
なんですか?これは!
ものすごく
ものすごく
ものすごく
悲しくなりました

 

「どういうコト?」

 

彼は話始めました
あるきっかけで出会った本があった
それはスロットマシンが出来てから今日までのコトが色々と書かれてある本だった
何気に読んだのだが
これがきっかけでスロットマシンというモノが好きになった
それ以来
図書館に行ったり
ゲームセンターに行ったり
リサイクルセンターに行ったり
スロットの業者を訪ねたり
最初に手にした本を書いた方に会ったり
なぜそこまで好きになったのか自分でもわからなかった
と彼は言う
そして気に入ったマシンが見つかると買い付けマシンの為に作った倉庫に
彼いわくギャラリーらしい
そのギャラリーに展示し動かないモノは自分で直したり
知り合った業者に修理してもらったり
そうしながら
彼のコレクションはユックリとではあるが増えていった
一番多い時で137台あった
よくもまぁ
と僕は思うのだが
その137台はわかったが
このカエルの王様がなぜ一番のソレなのか僕には全く理解ができなかった
彼に言わすと回転であったり
ボタンの操作性であったりと機能がグッと上がった頃のマシンだそうで
レトロとフューチャーの中にメルヘンを取り入れた最高の一品だった

 

そんなに惚れ込んでたのになぜ手放したのかい?

 

すると彼はまた話し始めた

 

彼はある女性と知り合った
こちらはちゃんとした人間である
最初
彼女は本当に素敵な女性で
彼もどんどん引き込まれていった
そして二人はおつき合いが始まった
彼は人でもモノでも執着するタイプなのか徐々に彼女に依存するようになっていった
彼女はその頃
半分は彼の所で生活するようになっていた
その時は彼の趣味にも寛大で
周りからも微笑ましいカップルに写っていたようだ
そして二人はめでたくゴールイン
結婚した
しかし
結婚して三ヶ月くらいしてから彼女の態度がガラッと変わった
優しく寛大だったその人はどこに行ったのか?
というくらいに真反対の人格になった
外では相変わらず寛大な演出はしていた
とにかく彼をボロクソにののしり
一番やり玉にあげられたのが
彼の趣味だ
そうスロットマシン
決してギャンブルをしてるわけでは無いのに
とにかくそのマシンに魅せられた男なのだ
しかしその頃の彼は完全に依存し支配されていたので
彼女の言うがままに泣く泣くスロットマシンを処分していった

 

しかし彼にとって大切なソレだけは置いてほしいと
こん願したらしい
しかし彼女も引かない
でも彼もソレに関しては引かなかった
それを繰り返し
気づいた時にはテーブルの上にその写真が一枚
勝手に処分されていた
これが決定打になり二人は離婚した

 

彼は大切なスロットマシンを全て無くし
奥さんもいなくなった
残ったのはソレの写真だけだ

 

それ以来ソレのコトを想い続ける日々が続いてるのだとか
そして女性に無関心になった

 

こんな人間が
世の中には数人は居てる

 

と思ってます

 

僕はあれ以来彼と飲んでもその話はあまり聞くコトはなくなりました
全部話したからもう気を使ってるんでしょう
また僕みたいに話を聞いてくれる人を見つけるでしょう

 

でも彼とは相変わらず仲良くやってますよ
夜はこれからです

 

 

ほな!

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