NOTE

活版印刷に学ぶ。

UPDATE : 2013/Feb/28 | AUTHOR :

第一回目では、印刷の歴史から「エコ」について考えてみました。

 

先日、あるテレビ番組で、「イケメン」ということばが一般化されすぎて、さして見た目の良さに頷けないような人にさえ、枕詞のように用いられるようになったという話を聞きました。

 

新しく生まれた言葉というのは、固有名詞化されて簡単に口にできるくらい一般化された瞬間に、本来の意味が失われがちです。
「エコ」という言葉も、似たような言葉になってしまったように思います。

 

では、本来「エコ」というのは、どういったことなのでしょうか?
それは、生態系に与える影響を考慮したうえでの、わたしたち人類の行動規範となり得るものです。
身近なところでは、マイバッグを持参してレジ袋をもらわない、割り箸を使わずにマイ箸を使う、お弁当のおかず入れをアルミカップからシリコンカップに替える、エアコンの設定温度を控える、などがあります。
これらの、実際にすぐに行動に移すことができ、するとしないとで与える影響の違いが分かりやすいことは、今すぐ実践することに多いに賛成です。
けれど、「エコ」っぽい思想、「エコ」らしい存在、というものは、慎重に考えなければならない難しい問題です。

 

例えば先日、「活版印刷」はエコか否かという問題に直面しました。
この「活版印刷」ひとつ取っても様々な側面があります。
職人としての技が求められる活版印刷で刷り上がった印刷物は、風合いや質感など、現在のDTPでは見られない手仕事の温もりを感じることができます。
けれど、この作業に要する時間、労力、資材、人件費などを考えたときに、古くから受け継がれてきた職人芸でもあるこの活版印刷は、果たしてエコなのか?という疑問に辿り着くのです。

 

ここで少し、印刷の歴史について簡単に学んでみましょう。

 

ひとつひとつの活字を植えて、版にして印刷する活版印刷が初めて日本に伝来したのは1590年代。グーテンベルグ方式と朝鮮方式、ふたつの活版印刷の技術が、ほぼ同時期に日本に伝来しました。
さて、この伝来したふたつの技術には大きな違いがあります。
朝鮮伝来の方法は、カコミ罫や罫線を取り付けた溝の間に文字をはめ込んで版にするもので、グーテンベルグ方式は、字間や行間を調整する「クワタ」や「インテル」などの「込めもの」を用いながら文字を組み上げて版にします。
この「込めもの」とは、余白を作るための道具です。「クワタ」は、全角よりも大きな字間をつくるためのもので、「インテル」は行間を作るためのものです。

 

枠線のきっちり引かれた原稿用紙に文字を書くのか(朝鮮)、なんの制約もない白紙に文字を書くのか(グーテンベルグ)、とイメージしていただけると分かりやすいですね。
現在の日本の印刷技術は、グーテンベルグ方式が基とされています。これは、グーテンベルグ方式には「レイアウト」という可能性が秘められていたからです。

 

時は経ち、1920年代。活版印刷の次に登場したのが「写真植字(写植)」です。
莫大な量の活字の中から活字拾いをして植えていた活版に対し、写植は、ひと揃いの文字を用意すれば、ネガをレンズで拡大・縮小したりして使用でき、複写して何度でも使用できるという利点がありました。

 

余談になりますが、アルファベットと違い、文字のバリエーションの多い東アジアでの文字の技術は、いつもヨーロッパに遅れをとっていました。この写植の概念もヨローッパで生まれましたが、実は実用的な写植の機械は日本で誕生し、世界へ広まったのです。
では、機械文明の進んでいたヨーロッパよりも先に、日本が実用化に成功した理由はなんでしょうか?
その秘密は文字のカタチにありました。国語の書き取りを思い出していただければ分かると思いますが、日本の活字が正方形であるのに対し、アルファベットは文字のカタチに合わせた幅で作られていたのです。「G」と「I」では文字の幅は全く違いますね。

 

一文字打つたびに印画紙を移動させる写植において、日本の活字は、同じ幅だけ印画紙を動かせば良いだけですが、幅の異なる文字を打たなければならないアルファベット用の機械の開発は簡単ではなかったのです。

 

さて、写植の次に誕生したのが、みなさんに馴染み深く現在の印刷の主流となっている「Desk Top Publishing(DTP)」です。いわゆるコンピューターを使ったシステム化での印刷です。ここでひとつ問題となったのが、これまでの日本における印刷技術は職人が積み上げてきた歴史でした。したがって、明確な「組版ルール」がなかったのです。感覚値だったり、独自のルールだったり、これまでの経験だったりしました。
しかし、このDTPの登場により、誰もが使えるルールが必要になり、文字揃えや行揃え、ルビやトンボ出力などの「組版ルール」が決められJIS化されました。
そして、絵を描くように文字や画像を並べるようになったのが、これまでの印刷様式との一番の違いと言えます。

 

簡単ではありますが、これが日本の辿った印刷の歴史です。

 

活版印刷の技術は、改良を加えながら5世紀もの長きに渡り印刷業界を支え、目まぐるしく変化を続ける技術開発の歴史の中では稀に見る息の長さと言われています。それが、近年のシステム化により急速に衰退し、現在、活版印刷が用いられるのは、名刺や葉書など、ちょっとした印刷物に留まるのが現実です。
したがって活版印刷は、すでに『「印刷」ではなく「表現手法」のひとつだ』とも言われています。

 

「古い」から良い。「手間ひま」がかかるからエコ。これは至極乱暴な論説です。そうではなく、まずは「学ぶ」ことが大切です。
「活版印刷なんて面倒くさいし、手間もかかるし時代遅れだ。」
淘汰されてきた技術が主流になることは、今後決してあり得ませんが、そういって初めから思考停止の状態になることも間違っています。

 

結局は「故きを温ねて新しきを知る」ということでしょう。過去の歴史や出来事、特に、時代の転換期などからの発見は面白いものです。昔の事柄を知り学ぶことで、新しい知識や技術の閃きを得る。
失われていく技術は過去の遺物として捉えるのでなく、昔があるから今があるということを忘れてはならないのでしょう。だから、必要ないからといって蔑ろにしてはいけないのです。
活版印刷があったからこそDTPも生まれたということ。

 

結論としては、活版印刷は物理的には「エコ」ではありません。しかし、活版印刷に限らず今より便利でなかった時代に、便利なものを生み出そうとして誕生した技術を学ぶことは、「エコ」を考えるきっかけとして多いに役立ちます。もしかしたら、完成した技術そのものよりも、そこに辿り着くまでの創意工夫されたアイディアにこそ、今だから応用できるエコのヒントが隠されているのかもしれませんね。

 

活版印刷をされている場所は全国でも少なくなっていますが、幸運にもワークショップやセミナーなどが開催されることも少なくありません。
まずは体験して、その完成品に満足するだけではなく、その製作過程で感じる心の動きを大切にしてみてはいかがでしょうか?

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