UPDATE : 2014/May/04
AUTHOR:
コトバノイエ 加藤 博久
vol.04
はじめて買ったレコードは、サイモン&ガーファンクルのLPシングル(17cmサイズで33rpmのレコードがあったのです)、「Sound of Silence」「Mrs. Robinson」「Scarborough Fair」のカップリングで、ひょっとしたら映画「卒業」のサントラだったかもしれない。
その次がビートルズの「OLDIES」**。
サイケデリックなイラストのジャケットに透明な赤のレコード盤、そしてその真ん中に青いリンゴ、これにはシビレた。
今から考えると、ほんの少し前の自分たちのヒット曲を「ちょっと旧いけど」なんていうタイトルで発表するなんて、いかにもビートルズらしい sense of humor 、たぶんジョンの仕業だ。
その頃テレビではもちろん歌謡曲、ブルーライト・ヨコハマ/いしだあゆみ・恋の奴隷/奥村チヨ・恋の季節/ピンキーとキラーズなんかが毎日のように歌謡番組で流れていたことを憶えているし、今でいう(もう古いか)ニューミュージックの先祖といってもいいフォークソング勃興の頃で、遠い世界に/五つの赤い風船・風/はしだのりひことシューベルツ・時には母のない子のように/カルメン・マキといった曲がチャートに残されている。その年のレコード大賞は、佐良直美の「いいじゃないの幸せならば」だった。
BLUE NOTE というジャズのレーベルの、とてもお洒落なLPジャケットの写真集を眺めていたら、レコードの時代にフラッシュバックしてしまった。
□ BLUE NOTE – THE ALBUM COVER ART
Graham Marsh | Chronicle Books | 1991
ブルーノートは、1939年にニューヨークで創設されたジャズのレーベル。
もちろんレーベルは現在もあって、ノラ・ジョーンズがデビューしたのもこのレーベルだが、圧倒的に素晴らしいのは50年代半ばから60年代の半ばまでの、いわゆるモダンジャズの時代のアルバムで、天才エンジニアといわれるルディ・ヴァン・ゲルダーの手を介した録音のクオリティと、この本に掲載されている斬新なジャケットデザインのインパクトで、一世を風靡した。
デザイナーの名前はリード・マイルス、このレーベルのハウスデザイナーである。
マイルスのデザインの特徴は、斬新なタイポグラフィと大胆な写真のトリミング、そして余白をいかしたレイアウトのセンスだ。
レコードを買って音楽を聴きはじめたのがROCKだったから、JAZZの音に触れたのはずいぶん大人になってからだし、彼がこのレーベルのデザインに携わっていたのが1956年から1967年までということだから、リアルタイムで知っているわけじゃないけれど、原寸の12インチ四方のサイズで製本されたこの本に載っているセンスのいいグラフィックワークを見ていると、モダンジャズのホットなアドリブの響きや、アイヴィーやコンチネンタルのスタイルでビシッときめたお洒落なジャズ・ミュージシャンたちの颯爽とした姿、そしていわゆるビートの時代**のNEW YORK CITYの雰囲気が、リアルに伝わってくる。
“No Room for Squares”(お固い人お断り)、サイケデリックの前はこれが HIP だったんだ。
「いずれにしてもリード・マイルスは中に収められた音楽が聴こえてくるようなジャケットを作ったのである。革新的な演奏には抽象的なデザインをほどこし、クールなサウンドには気取って歩く女性をあしらい、音楽とイメージの重なり合う活字を選び、というように。( by Felix Cromey)」
ブルーノート創立者アルフレッド・ライオンは、セロニアス・モンクやアート・ブレイキーといった「新人」を発掘し、録音のディレクションを名エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーに任せ、写真は経営のパートナーでもあるフランシス・ウルフ、そしてアルバムのアートワークに、この新進のデザイナーを抜擢した。
このレーベルの一連の傑作がこのチームで造られたのだから、彼が制作者(プロデューサー)として卓越した眼をもっていたことは間違いないし、ジャケットのデザインにもドイツ人であるライオンの、バウハウス的なモダンデザインへの意識も感じとれる。
12インチ正方というフォーマットを駆使した、デザインとアートの境界線を探るような彼らの試みは、音楽をパッケージも含めて愉しむというひとつの文化のはじまりになったんじゃないかと思う。
そして、ぼくのリアルタイムの体験でいうなら、HIPGNOSIS。
JAZZのデザインがBLUE NOTEなら、70年代のROCKのデザインをリードしたのは、間違いなくこのイギリスのデザイン集団だろう。
□ Walk Away Rene – The Work of Hipgnosis
Storm Thorgerson | PAPER TIGER | 1978
70年代は百花繚乱、いわばなんでもありの時代だから素晴らしいジャケットは他にもたくさんあるが**、ひとつのボリュームとしての作品群ということになると、このヒプノシスの仕事は際立っている。しかもBLUE NOTEのようにレーベルではなく、独立したデザインチームがアーティストからの依頼を受けて、セッションワークのように制作するというそのスタイルは、いかにも70年代的だ。
ジャケットデザインを単なるグラフィックではなく、アルバムのコンセプトと切り離せないものにして、LPレコードというメディアを、ひとつの複合的なアートワークの域にまで高めたのはかれらの功績だとも言われている。
一躍脚光を浴びるきっかけとなった PINK FLOYDをはじめとして、LED ZEPPELIN, GENESIS, PETER GABRIEL, 10CC, WINGS といったトップアーティストたちがこぞって彼らにデザインを依頼し、そしてそれはさらに、ヒプノシスがジャケットをデザインしているバンドだから買ってみようかという、マーケティング効果にまで波及した**。
1966年のアメリカのヒット曲のタイトルを冠したこの作品集には、このデザインチームがいちばん濃密だったころのほぼ全貌が収められている。
考えてみればグラフィック・デザインというものを知ったのは、LPジャケットからだった。
ジャケットの裏表を舐めるように眺めながらプレイヤーに針を落とす、するとレコードから出てくる音がそのジャケット全体のデザインと共鳴してひとつの世界を作り出す。
そのうちジャケットを見るだけで、頭の中に音楽が鳴り始めるようになってくるんだ。
ジャケットの映像やレコード盤の真ん中に描かれたレーベルのロゴマークは、そのレコードに収められている音と一体となって、心の奥底にはっきりと残っている。
LPジャケットの魅力の源泉は、いうまでもなくその絶妙なサイズ。
色彩の微妙なニュアンスやディテールの質感の表現や、そのミュージシャンの表情を原寸大で、ときには鼻の穴や毛穴まで見せてくれたのも、この12インチというスケールだったからこそだ。
音楽の視覚化。
もちろんCDはCDとして12センチの表現があるわけだから、そのデザイン媒体としての優劣を問うことはあまり意味のないことだけれど、LPをそのまま縮小したCDパッケージは、それがたとえLPとおなじ紙でできていたとしても、あまり心には響かない。
LPという音楽メディアが誕生したのが1948年、そしてCDへと変わっていったのが1980年代末だから、LPの時代はじつはたった40年だった。
そしてCDという媒体が、まるで眼に見えないデジタルデータにとって代わられてしまった今、音楽のヴィジュアル表現はどこへいくんだろう。それがTシャツやキーホルダーみたいな商品としてしか残らないとしたら、それはとても淋しいし、ひどく貧しいことのようにしか思えない。
音楽の世界で、ジャケ買いなんていう言葉は、ひょっとしたらもう死語なのかな。
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脚注1
「OLDIES」は1973年に『赤盤』『青盤』が発売されるまでのビートルズの唯一のベスト盤で、今でも初期のヒットチューンが歌詞カードなしで唄えるのはこのレコードのおかげといってもいいくらいに愛着のある一枚だけれど、オフィシャルなビートルズ・ディスコグラフィーの中で、未だにCD化されてないのは、たぶんこのアルバムだけだったりする。
脚注2
もうひとつ70年代のアルバムアートのアイコンをあげるとしたら、写真家 Norman Seeff かな。彼が撮ったアーティストたちの写真の数々は、間違いなくひとつのシーンを象徴していると思う。
http://normanseeff.com/photography/
脚注3
これに目を付けたのは、他ならぬ「松任谷由実」。
彼女(=東芝EMI)は、1981年発売の「昨晩お会いしましょう」や1983年の「VOYAGER」など数枚のジャケットデザインをヒプノシス依頼しているが、英国人の彼らが「ユーミン」の音楽を理解できていたはずもなく、ある意味これが彼らの命脈を尽きさせたとも言えなくもない。