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良心の領界 | スーザン・ソンタグ | NTT出版 | 2006

UPDATE : 2014/Mar/04
AUTHOR: コトバノイエ 加藤 博久

vol.02

盲目的に、スーザン・ソンタグ(1933-2004)が好きだ。
才色兼備、異性に興味がないらしいのが残念だけれど、とにかくイイ女だと思う。

 

日本人でいうとオノ・ヨーコや草間彌生なんかと同時代のニューヨーカーだけれど、たとえば「キャンプ**」という美学のスタイル(様式)を鮮やかに掬いあげた処女作の『反解釈/1971(Against Interpretation/1964)』や、タイトルだけですでに挑発的な『ラディカルな意志のスタイル/1974(Styles of Radical Will/1969)』、そして松岡正剛が「どの写真論よりもスタイリッシュな」と評した『写真論/1979(On Photography/1977)』などで世界中のインテリジェントたちから熱狂的な評価を受け、「the Dark Lady of American Letters」と呼ばれた彼女の存在は、間違いなく70年代の文化アイコンのひとつだった。

 

BOOKS+コトバノイエのブックリストのなかでは、澁澤龍彦やカポーティや花田清輝や吉本隆明なんかと同じように、本棚に本はたくさんあるのに実はまだほとんど読んでいない、というちょっと微妙なジャンルに属する人だけれど、彼女の本が本棚にあるだけで、なんとなく気分がいいのだ。
丸善の画集の上に置かれた「檸檬」のような感じかな。

 

そして、そんなソンタグの本がまた一冊増えた。

 

良心の領界 | スーザン・ソンタグ | NTT出版 | 2006

□ 良心の領界 | スーザン・ソンタグ | NTT出版 | 2006

 

 

この本そのものは、オリジナルではなく、ソンタグが最後に来日した2002年に、彼女を囲んで行われたシンポジウムを中心に編まれたアンソロジーにすぎないけれど、彼女がこの本に寄せた、序文のメッセージがなによりも心に残る。この本のタイトルにもなった「良心の領界 (The Territory of Conscience) 」という一文だ。

 

それは、このように始まる(以下拙訳)。

 

人の生活のカタチは、その人の注意力(アテンション)がどのように形成されてきたか、そしてどのように歪められてきたかということの軌跡です。注意力(アテンション)の形成は、まさに教育や文化そのものの成果といえます。
人はつねに成長します。人の注意力(アテンション)を増やし高めるものは、人々が異質なものごとに直面したときに見せる礼儀正しさなんです。新しい刺激を受け入れ、それに取り組むのは難しいことですから。

 

彼女がここで言っている “アテンション(attention)” は、字義どおり「注意力」というより、「思いやり」とか「まなざし」といったニュアンスで、”love”とほとんど同義語と考えてもいいように思える。そしてそれは、自分とは違うものや理解できないものに対する礼儀から始まるのだと、彼女は言っている。
そういう異質なものを受け入れ、それと向かい合うのはけっこう難しいことなんだとも。

 

つまり、わけのわからないものを怖れずに、真っすぐに愛をもってものごとを見つめようということだろう。
礼儀正しく向かい合えば、ほんとうのことが見えてくる。
そして、そのために本を読むのは、ひとつのアイデアだと彼女は提案する。

 

本をたくさん読んでください。愉しいことを気づかせてくれることや自分を深めてくれることがいっぱい書いてある本を。期待を持ち続けてください。くりかえし読めない本には、読書の価値はありません(映画もそうだけど)。

 

もちろん、そこに落とし穴があることも、ちゃんと教えてくれている。

 

検閲に気をつけてください。なによりも、社会の奥底や人の生活のなかに潜んでいるのが、「自己検閲」だということを忘れないように。

 

言葉の荒れ地に沈み込まないよう気をつけてください。 その言葉の、はっきりとした、リアルなありさまを想像するよう努力してください、たとえば、「戦争」というような言葉の。

 

そして、極めつけはこのメッセージ。すでにいくつかのウェブサイト上で紹介されているから、知っている人がいるかもしれない。

 

Move around. Go traveling

 

動き回りなさい。旅をしなさい。
よその国で、しばらく暮らしてみてください。
そして旅することをやめないこと。
もし遠くに行けないなら、独りになれる空間に深く入りこめばいいんです
時間は消え去るものだとしても、空間はいつもそこにあります。
空間は、時間というものを埋め合わせてくれるのです。
たとえば、過ぎ去ったものはすでに重荷ではないのだといった想いを。

 

なんとも刺激的なフレーズ。
ソンタグのポジティブな思想そのものが、くっきりと表現されている。

 

簡単なことを難しく表現するのは、彼女のひとつのスタイルだが、この文章はとてもシンプルで、この一文にめぐりあっただけでも、この本の価値がある。

 

良心の領界 | スーザン・ソンタグ | NTT出版 | 2006

 

そして、さらにこんな言葉を続けられるのが、彼女がすこぶる男前な批評家たる所以である。

 

世界では、ビジネスが支配的な活動に、金もうけが支配的な基準になっています。ビジネスに立ち向かえる場所、あるいはビジネスを意に介さないという思想を持ち続けてください。

 

暴力を嫌悪すること。国家の虚飾と自己愛を嫌悪すること。

 

少なくとも一日一回は、もし自分が、パスポートや冷蔵庫や電話をもたずにこの地球上に生きていて、飛行機に一度も乗ったことのない、この地球の大多数のうちのひとりだったら、と想像してみてください。
他の国の政府に不信感を持つように、自分の国の政府を疑るべきです。

 

公平でないことのほうが難しいんです、だから、あなたの公正さというものを減らしてください、今よりも。

 

もしあなたが女性なら、これは一生ずっとつきまとうことだけど、誰かに守られるとか見下されるという関係を受け入れてはだめです。屈辱に立ち向かいなさい。卑劣な男をこっぴどく叱ってやりなさい。

 

サブタイトルが、”若い読者へのアドバイス(Advice for Young Readers)” そして、「これはずっと自分自身に言いきかせていることでもあるんだけど」、とその傍書きにある。

 

おそらく死の病床で記されたこの文章は、その年に亡くなったソンタグの遺言としか思えない。

 

 

Comfort isolates.
安寧は人を孤立化させる。

 

Solitude limits solidarity ; solidarity corrupts solitude
孤独は連帯を制限する、連帯は孤独を堕落させる。

 

by Suzan Sontag

 

 

ぼくが彼女から学んだのは、自由の価値(固定観念というものの不自由さ)、内容(言わんとしていること)よりもまずはスタイルなんだというものごとの在りかた、そしておかしなこと(スタイル)をおかしいと言いきって、そういう風に行動するということがいかに痛快なものかということで、それはひとことでいうと、「CRAZY」っていう言葉なんじゃないかと今は思っている、スティーブ・ジョブス的**な意味で。

 

これもまた、言葉の力かな。

 

「女は何かをめざしたら、決してためらわないということを、そしてそのすべてが言葉にできるのだということを、そのマグネティックな魅力に富んだラディカル・スタイルをもって告げつづけた人である( by 松岡正剛)」

 

世の中のすべての女性に、彼女の存在を知ってもらいたい。

 

良心の領界 | スーザン・ソンタグ | NTT出版 | 2006

 

 

<良心の領域 原文>

 

“Advice for Young Readers” It is also the advice I have given myself for a long time.

 

The pattern of people’s lives is a track based on how one’s attention has been formed and how it has been warped. Forms of attention are exactly the outcomes of education and culture themselves. People always grow. What increases and elevates one’s attention are the proprieties that people show against alien things. It’s hard to take in new stimuli and to work on it.

 

Watch for censorship. However don’t forget it –the censorship that lurks in the depth of society and in one’s personal life is, “self”-censorship. Read books a lot. Books filled with something big that awakes pleasure or that deepens you. Keep up your expectations. The books which aren’t worthy of reading twice aren’t worth reading. (By the way, we can say the same thing about movies.)

 

Be careful not to sink into the slam of words. Try to imagine the specific, lived reality. For example, the word such as “war.”

 

Don’t think about yourself, what you want, what you need, or what you are disappointed in, as much as possible. Don’t think about you at all or at least for half of your living time.

 

Move around. Go traveling. Live abroad for a while. Never stop traveling. If you can’t go far away, in that case go deeply into places you can be by yourself. Even if time is disappearing, places are always there. Places compensate for time. For example, feelings that the past has not already been a burden.

 

In this world, businesses are dominant activities, and making money is a dominant standard. Maintain the philosophy of places to counter business or don’t care about business. If you want to be by yourself, you can be a power to counter the things that are weak and lack heart. Hate violence. Hate the decollation and narcissism of the country.

 

Imagine at least once a day that if you are one of the majority who live on the earth without passports, fridges, and phones and who have never got on planes.
You should be skeptical against the government of your country. Be skeptical against other countries’ governments as well.

 

Not to be fair is difficult. Therefore, reduce your fairness more than now. Laughing is good as long as you don’t intend to kill your emotions.

 

Don’t accept relationships which protect you or are despised by others. -If you are a woman, that can happen through your whole life. Cope with humiliation. Scold mean men severely.

 

Pay attention. Paying attention is the heart of it all. Take what there is in front of your eyes as much as possible. Then, don’t narrow your own life to lose duties which are imposed on you.

 

Paying attention is vital. It connects you to others. It makes you passionate. Always be passionate!
Keep your territory of conscience….

 

Susan Sontag

 

 

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脚注1. 「キャンプ」

 

“CAMP”という美のスタイルは、ソンタグの極めて私的なセンスから生まれた感性であり言葉なので、その当時もじつはあまりよくわからなかったし、今となってはその概念そのものがメインストリームの混沌の中に呑み込まれてしまっていて、たとえばAKB48やアマちゃんなんかはそうとうキャンプな存在だと思うんだけれど、そういう批評が有効かどうかさえもわからない。

 

参考になるかどうかわからないけど、「キャンプについてのノート」」の冒頭と最後の一文を記しておきますのでご興味のある方はぜひ本(『反解釈』晶文社/ちくま文芸文庫)をお読みください。

 

世の中には名前が付けられてこなかったものがたくさんある。そしてたとえ名づけられていたとしても、きちんと説明されてこなかったものも多い。そういったものの一つが『キャンプ』とカルト的に名づけられた―間違いなくモダンで洗練の一種ではあるけれど必ずしもそうだといいきれない―感性である。

 

究極のキャンプ宣言 : ぶざまであるがゆえに、良い。もちろんすべてがそうではないけれど、ただある条件、私がこのノートで素描しようとしてきた条件のもとで、そうなのだ。

 

 

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脚注2. 「スティーブ・ジョブス的**な」

 

 

Here’s to the crazy ones.

 

The misfits.
The rebels.
The troublemakers.
The round pegs in the square holes.
The ones who see things differently.

 

They’re not fond of rules.
And they have no respect for the status quo.

 

You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them.
About the only thing you can’t do is ignore them.
Because they change things.

 

They push the human race forward.
While some see them as the crazy ones,
we see genius.

 

Because the people who are crazy enough to think
they can change the world, are the ones who do.

 

 

クレージーな人たちがいる。
反逆者、厄介者と 呼ばれる人たち。
四角い穴に,丸い杭を打ち込むように
物事をまるで違う目で見る人たち。

 

彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。

 

彼らの言葉に心うたれる人がいる。
反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。
しかし、彼らを無視することは誰にもできない。
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。

 

彼らは人類を前進させた。

 

彼らを狂ってると言う人もいるけれど、
私たちは天才だと思う。

 

自分が世界を変えられると 本気で信じる人たちこそが、
本当に世界を変えているのだから。

 

Apple – Think Differet CF / 1997

Camera / toshinoriCawai
TIE UP PROJECT