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オトナの「路上のモノ」 その弎拾

UPDATE : 2014/Mar/27
AUTHOR: 随筆家 ヤマヒデヤ

オトナの「路上のモノ」 その弎拾

 

 

「線路の空想話に付き合う」

 

 

あるところに
武一(ぶいち)という男の子が生まれた

 

 

武一が生まれた頃はロックンロールが生まれ
ジャズ喫茶が流行り
ラジオからテレビへ以降した頃だ

 

武一の家はそんなに裕福ではなかった
しかし家族の愛情だけは
誰にも負けないくらいだ
皆が穏やかで助け合い
そしてチカラを合わせて
生き抜いてきた

 

武一が高校生の頃
無理が祟ったのか
お父さんが倒れた

 

家の収入が絶たれた
武一は考えた
自分がやらなきゃ

 

彼は高校を辞め
仕事を始めた
元々勉強が苦手だったので
それが返って良かったのかもしれない

 

そろそろ学園紛争の起こる頃だ

 

武一には関係ない
彼は必死に働いた
高度成長期と共に

 

学歴のある同級生は
企業に務め裕福になっていく

 

武一はカラダだけが資本だ
一生懸命に働いて家族を養った

 

成人式の前に
お父さんが亡くなった

 

家族全員で泣いた
たまらなくなった武一は外へ飛び出した
そして走った
走って走って走った
やり切れない気持ちは
それでも晴れる事はなかった
帰りがけに何処かの家から
笑い声が
垣根越しに見てみる
テレビでドリフターズがドタバタコントをしていた
テレビのない武一には
それがその頃流行ってた
「8時だよ全員集合‼」だとは知らない

 

学園紛争がピークを迎え
ベトナムにアメリカが苦戦を強いられ
アポロが月面に着陸

 

そんな時代だ

 

武一には関係ない
とにかく家族を養うために
がむしゃらに働くだけだ

 

武一が20歳の半ば頃
弟や妹たちも独立し
やっと生活が楽になった

 

武一は思いがけず恋をした
そして恋愛し
めでたく結婚した

 

僕の髪が肩まで伸びずとも
結婚できたのだ
子宝にも恵まれた

 

しかし相変わらずの安月給だ
楽な生活とは言えない

 

今はテレビもある
キャンディーズや山口百恵が流行歌を歌っている

 

武一の新しい家も
愛情でいっぱいだ

 

武一の娘さんが成人した頃
武一のお母さんも亡くなった

 

武一は泣きに泣いて泣きまくった
大好きなお母さん
一生懸命育ててくれたお母さん
いくら泣いても
涙は止まらない
止め方もわからない
止めなくていいのだ

 

ダイアナ妃は多くの人に
惜しまれながらの葬儀だった
世界中が泣いたと言っても過言では無い

 

しかしお母さんを亡くした
武一の涙はきっと一人当たりで言ったら
世界一涙を流していただろう

 

武一は何度か職を変わった
基本カラダを使う仕事ばかりだ

 

60歳になり
定年退職し
年金の早期交付の手続きをし
わずかばかりのお金を頂戴する
しかしこれでは生活出来ない

 

第二の人生の為にアルバイトを始めた
やはりカラダを使う仕事だ
今更頭なんて使う仕事は無理だ

 

母親の悲しみがやっと癒えてきた頃
彼をまた苦しみが襲う

 

最愛の妻に先立たれた

 

もう何もやりたくない
そんな思いで何ヶ月が過ぎた

 

武一は偉かった
また前を見る事ができるようになった

 

新しいアルバイト先では
自分の子供より更に若い上司に
こき使われるも
いつもニコニコしている
自分の事はそっちのけで来た
60歳半ばの彼の前歯は無い
エコーの煙が似合ういぶし銀の笑顔だ

 

60歳の真ん中
折り返しの頃
武一は倒れた

 

二週間仕事を休んだ

 

三週目に復帰した
げっそりと痩せ
声もほとんど出ない

 

しかしそれでもニコニコ笑顔だ

 

それから一週間した
今度は仕事場で倒れた

 

救急車が武一を迎えに来た

 

そろそろ桜の咲く季節だ
武一は元気だろうか
仕事に復帰は無理でも
生きていればまた楽しい

 

 

しかし彼は
入院後一ヶ月もせずに
この世を去った

 

桜の花を見ず

 

 

 

ありがとうございました

 

 

ほな!

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