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オトナの 「路上のモノ」 その弐拾九

UPDATE : 2014/Mar/20
AUTHOR: 随筆家 ヤマヒデヤ

オトナの 「路上のモノ」 その弐拾九

 

 

「あるパン屋の話」

 

 

むかしむかし
世界で戦争があった
戦争の理由はよく分からない
偉い人のエゴだろうか
今さらそんな事は追求するつもりは無い

 

そんな頃の話だ

 

大物起業家の身の回りをお世話している若者が居た

 

まだ戦争の前だ

 

大物起業家は政府にも顔が利く
たくさんのお金を持っているからだ
政治家は政治資金が欲しい
政治資金という名のお金が大好きだ
お金をたくさんくれる大物起業家は大物政治家にとって
大切なパートナー
なんでも融通を効かせてくれる
大物政治家は大物起業家にとって
大切なパートナー

 

という訳で
大物起業家は政府とお金の力でドンドン膨れ上がっていった
もう国内だけでは太れなくなってきた
だから外国に目を向けた
そうすればもっと太れる
こうして大物起業家は
一番近い隣の国に進出した

 

儲かった
とにかく儲かった
また太れた
大物起業家は大喜びである
そして政治家にお金をばらまく
政治家も大喜びである

 

大物起業家はそんな人物だから
持っているお金には人は寄ってくるが
彼自身には友人は無いに等しい

 

彼には二人の息子と一人の娘がいる
二人の息子は結婚し
同族別会社の社長をしている
娘は一度は結婚したが
大物起業家に一番性格が似ているようで
家の中には収まりきれなかった

 

大物起業家は妻に先立たれ
娘と
手伝いの女性五人と
執事と秘書と
身の回りの世話をする若者と
大きな屋敷で暮らしている

 

今は隣の国の方の大きな屋敷だ

 

若者は子供の頃
この国で大物起業家にもらわれた
買収先の会社の社長の子である
その国最大の企業の社長が買収後に会社を追われた
そして子供も取られた
その社長は今は消息不明である

 

若者自体は自分は街で大物起業家に拾われたと教育されていたので
この事実は知らない

 

若者は大物起業家を父のようにしたった
大物起業家は若者を可愛がった
腹の中は分からないが

 

やがて世界中が戦争になった
大物起業家はそれにも目をつけ
軍事産業を独占し
更に太った
戦争万々歳だ

 

若者には現地に恋人が居た
いつか独立して結婚する約束もしていた

 

やがて戦況は激しくなり
隣の国では商売がやりにくくなったので
大物起業家はこの国から手を引く事にした

 

若者は大物起業家に言った
私はここに残りたい
独立させて下さい

 

大物起業家は承知しなかった

 

若者は大物起業家と共に
大物起業家の国に

 

若者にはとても辛い現実だ
結婚を約束した恋人と離れ離れにならなくてはならない

 

戦争は長引いた
大物起業家がヨボヨボになった頃に終わった
戦争に負けた
パートナーであった政治家たちは皆
戦犯として捕まった

 

ヨボヨボになった大物起業家は
かつての若者に言った
わしはもう長くない
この金をやる
これで好きな所へ行け
そして何かあった時に
この手紙を読め
そう言ってお金と手紙を託した

 

新しい時代が始まった

 

大物起業家は亡くなった
同族経営だった大会社は同族から離脱し
現代的な企業へと変わっていった

 

時代はめまぐるしく世の中を変えた

 

あの若者はというと
そのお金を使い
急いで隣の国へ飛んだ
彼女は別の人と結婚し家庭を築いていた
肩を落としつつ帰国し
大物起業家の手紙を読んでみた
父親のようにしたっていた大物起業家が
自分の親や家族を潰し離散させた張本人だったとは
しかしそんなに腹は立たなかった
彼と過ごした時間が長過ぎたせいだろう
そして別れの時の彼の目や
この手紙の文面が
かつてのそれでは無く
ちゃんと心がこもっていた

 

すべてを流そう
そして自分も新しく生きようと

 

お金はまだ充分にあった
彼はそのお金で
小さな家を買い
小さなパン屋を始めた
お菓子もジュースも売っている
外にはコインゲームもある
子供たちの憩いの場になった

 

 

かつての若者は生涯結婚しなかった
その代わりにここに来る子供たちが彼の子供であり孫である
ニコニコ過ごせた
穏やかに
穏やかに
時は流れた

 

 

 

今はかつての若者もいない
残っているのは
かろうじてこのパンのケースくらいのモノだ

 

 

 

ほな!

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