INTERVIEW

えっちこうむてん -終わりと始まりの写真。-|INTERVIEW vol.19

UPDATE : 2015/Jan/05 | AUTHOR : makiko ueno

笹の倉舎 × 橋本健二 対談インタビュー
去る2014年10月の移動祝祭日に開催された、第5回目となる木村家本舗。
数々の催しや展示が開催される中、今回ある1つのプロジェクトの裏側に潜入させていただきました。
建築家 橋本健二氏の事務所解体から新たな事務所ができるまでの過程を、写真家 笹倉洋平氏が撮り続けた、滅び行く姿とその再生の物語。

橋本:何から話そ。不幸な生い立ちとか?

 

笹倉洋平(以下:洋平):なるべく橋本さんのそういうところを引き出して欲しいんですけど(笑)

 

──────そこも詳しく教えていただきたいのですが(笑)まず、今回の写真展に至った経緯を簡単に教えていただけますか?

 

洋平:橋本さんからあの事務所がなくなるっていう話を聞いたところからだったんですけどね。それまでには移転の可能性なんかを色々と探ってる時期もあったんですけど、それももういよいよ無理だなっていう所まできた頃に、僕自身もモヤモヤと考えてはいたんですけど…。なんかね、初めて自発的に撮ったんですよ。ずっと仕事でしか写真を撮ってきてなかったから、自分の作品を発表するんだったら絵を描く方だろうなとは思っていたんですけど。でもこういう機会があって、作品どうこうと言うより「撮っておかないと」っていう思いの方が強かったですね。

 

──────はじめてそういう思いになったのですね。

 

洋平:そうですね。でも普段の生活を考えると、仕事も忙しいし、実際にどれだけ力を注げるか分からなかったけど、いざ動き始めると何度も通ってましたよね?

 

橋本:うん。

 

──────何がそこまで笹倉さんを駆り立てたのですか?

 

洋平:なんて言うのかな。普段の撮影との違いがあるとは何となく思ってたけど、撮り始めると被写体側から自分の中にぐっと入ってこられるような感覚があって、すごく疲れるんです。取り憑かれるじゃないけど、そんないつもとは違った…

 

笹倉アツコ(以下:アツコ):多分そうなると分かってたと言うか。私は美しく撮りたいと思っていて、誰かに撮られたら勿体ない、撮られるくらいなら撮ってやるって思ってて。

 

洋平:それで撮りだしたらもう他の予定ずらしてでも撮ってたんですけどね。

 

──────今回の写真展において、目的やゴールのようなものを見据えて写真に収めていたのですか?

 

洋平:いや、なかったですね。ずっと撮り続けていく間にも現場は常に事が進んで行くから、入れるタイミングで行かせてもらって、撮って。最後、新しい事務所が完成して一通り終わった後はしばらく寝てました。「あぁ、終わったぁ!」っていうのがあって(笑)

 

えっちこうむてん -終わりと始まりの写真。-|INTERVIEW vol.19

 

──────例えば目の前の建築があって写真を撮る時、被写体とはどのような気持ちで向き合っているのですか?

 

洋平:なるべく感情は入れないで、フラットに向き合おうと思っています。どうしても撮ってると入り込んでしまいそうになるから、そこはそうならないように意識してるんですけどね。でも今回のはそのブレーキが効かない感じで全然違いましたね。

 

──────新しく生まれたものを撮る普段の撮影と、なくなっていく様子を撮り続けた今回では、気持ちの面ではどのような違いがありましたか?

 

洋平:消え行くものを記録するっていう、いわゆる写真の根源的な役割については凄く感じていて、それはもう当たり前の事として理解はしていたつもりだったんですけど、何か重たいと言うか、プレッシャーは全然違いましたね。

 

アツコ:子どもが小さい時に写真に撮っておくのもそうだけど、やっぱり時間を封じ込めると言うか、ビジュアルとしてだけどその時点でピタッと画を止める訳で。あの頃の写真であったり、なくなっていくものを止めるのも写真の宿命だから。

 

洋平:僕らの仕事では、建物が生まれた直後や、ちょっと生活が始まった頃のキレイな状態で記録する。その時に感じるのは、思い立った「今」じゃないともう撮れるタイミングはないんです。残しておかないと状況はどんどん変わっていきますからね。本音を言うと、ある程度時間が経って生活と建物が一体になった状態を撮影できれば一番良いんですけど、色々な条件が絡み合ってなかなかそう上手くはいかない。それにこれも仕事だからお金の話も勿論あって、そのタイミングでしかお金を出し辛くなることもありますし。特に良いと思える作品に関しては、文化を継承するという意味でもできるだけ記録を残したい。その為にはえいやっと撮影できる可能性の高い始めの段階で撮っておくべきだと思います。ただ今回の「なくなる」ものを最後に焼き付けておく事は、そんな色んな思いがもの凄く顕著に現れて、何か怖いと言うか…

 

アツコ:まさに解体中に、今日も解体業者さんが来るその日の早朝とかに撮りに行ってたんですけど、「今日これがなくなる」「この部分は今日しかないんだ」とか考えると、もう何とも言えない感覚で。

 

洋平:忘れて撮ろうとは思うけど、あの場所は橋本さんの事務所であって、その前は橋本さんのお父さんが使われていて、そのもっと前は小学校だった事を考えずにはいられなくて。

 

──────何故「怖い」と思ったのですか?

 

洋平:なんかね…

 

アツコ:でも私も今初めて聞いたよ、「怖い」って。

 

洋平:…何で言ったんやろうね(笑)

 

アツコ:本音なんでしょうね。でも橋本さんも解体中はあんまり入りたくなかったんでしょ?

 

橋本:そうそう。彼が言ってるのは、あぁいう建物って元は学校やったからもの凄い人数が通り過ぎて行ってる場所で、そういう空気ってあるやん。僕もずっとおったから分かるけど、やっぱり怖いよ。もう慣れたけど、夜に物音するしさ。

 

洋平:それは建物がガタガタだったからでしょ?(笑)

 

アツコ:変な動物がいたからとか?(笑)

 

橋本:いや、そういうのは経験としてあってね。離れた工務店もめっちゃ怖くて、そんな類いのことがよくあってん。「いっぱいおったんやなぁ」っていう匂いみたいなものがある。僕はずっと一人でおったから分かるけど、なんか何とも言えんものがあるんちゃうかな?

 

洋平:事務所にいた猫は大丈夫だったんですか?

 

橋本:猫ってたまに一点を見つめるやん。そういう時って僕めっちゃ怖くなるから(笑)

 

──────橋本さんが「怖い」っていうのが意外です(笑)

 

橋本:僕めっちゃ怖がりですよ。でも僕と彼が言ってるのは、オバケとかのそれじゃなくて「人のいた気配」みたいなもの。

 

洋平:こちら側の想像力の話ですよね。

 

アツコ:そういう事を暗に感じてしまう雰囲気もあるし、そこを通り過ぎて行った沢山の子供達が見られなかった最後の景色を私達が見てしまっていて…

 

橋本:普段新築ばっかり撮ってるからやろ?

 

アツコ:そうですね。まだ生活が定着していない時に撮りますからね。

 

橋本:まず「設計者」っていうものが入ってるケースが多いから、その人の匂いもあるし、多分彼の好き嫌いもあるしね。

 

洋平:作品撮りですね。

 

橋本:そうそう。それに彼女が言ったように、まだ家族にも染まっていない場所やから、どちらかと言うとまだ設計者の匂いが残ってる。だから普段と違ったんじゃない?

 

アツコ:ただ、本当に強く思ったのが、普段私達が目にするような現場にある、ものが生まれておめでたい空気とか、これから始まる新しい生活に向けてワクワクするシーンがあるけど、その前か後には必ず「壊れる」「ものがなくなる」っていう現象が必ず起こっているから。そんな「壊れる」ことのすぐ側に私達の仕事があるっていう事を忘れてはいけないなって。

 

洋平:そこが見えたのは凄く大きかったね。ものが壊れて、新しいものが生まれて、また壊れる。このサイクルの節目の前半しか見てなかったけど、後半って実際に立ち会うともの凄くシビアでした。

 

アツコ:一続きなんだなっていうのは感じさせられたよね。

 

──────では建築家としての橋本さんの場合、「なくなっていく」事を感覚的にはどのように捉えているのですか?

 

橋本:そりゃどんな建物でも良い・悪いがあってね。普通にどうでもいいようなものもあるし、別に文化的でも何でもないけど、なんかこう空気として良い建物やなぁって思わせるものもあるでしょ。そんなものを残せない悔しさみたいなものがあってね。僕の事務所の解体の時は、それまで色々あったからもう疲れてて、彼が来てもあんまり対応してなかったね。しんどくて(笑)

 

洋平:だいたいいつもそうじゃないですか(笑)

 

橋本:「あぁ、撮っときーや」みたいな(笑)お店もそうやけど、設計して新しくできても、閉店してなくなる時があるでしょ。僕の場合、僕の設計したところは閉店するのが早いんやけど(笑)

 

一同:(笑)

 

橋本:リノベーションみたいなものもここ数年よく見るけど、さっき言った建物の空気感であるとか、そういう意味では浸透してきてなくて。価値観みたいなものね。僕がいたあの場所も、今はマンションの工事が入っていってるけど、全く魅力を感じられない。介在する職人さんを見てても普通の人達で、“思い”としたら違うよね。建物を作る時ってそりゃ思いを込めてるのに、解体する時っていとも簡単にあぁやって壊していくでしょ?そんな正反対なものを見てるとすごく「うーん…」って考える訳よ。

 

アツコ:案外建築家の人でも、そこを見てる人って少ないのかも知れないですね。

 

橋本:うん。僕らより若い建築家の作品を見てても、どんどんそんな流れになっていってるような気がするね。

 

えっちこうむてん -終わりと始まりの写真。-|INTERVIEW vol.19

 

──────建築写真家として、笹倉さんは何を一番切り取りたいと思いますか?私の想像ですが、目の前のものを撮っているだけではないような気がしたのですが。

 

洋平:どうしてそう思ったんですか?

 

──────以前から笹倉さんのお写真を目にする機会があったのですが、最近のものを拝見していると何かが少しずつ変わっていっているような気がしていました。気のせいかも知れないのですが、それはもしかすると笹倉さん自身の中で何か変化があったのかな?と思ったりもして。

 

洋平:肯定的な意思じゃないのかな?とは思うんですけどね。物事に対して、見たままを見たままに写す。それでそれをちょっと前向きに撮っているのか、否定的に撮るのか。

 

──────例えば理想としているお二人の生活のようなものを重ねたり、イメージしながら撮るようなことはありますか?

 

アツコ:「あ、今日の現場のあぁいう所が良かったなぁ」って後から思う事はありますけどね。でも撮影中は画作りのことしか考えてないですね。

 

洋平:そう。だから重ねる訳ではないんですよね。カメラを向けるものは色々あるし、撮ってる瞬間はね、結構いっぱいいっぱいで。現場ってめちゃくちゃ忙しいんですよ。僕達もいつもケンカしてますし。「あのレンズどこやー!」とか言って(笑)

 

アツコ:「知るかー!」ってね(笑)

 

洋平:橋本さんもそんな僕達を見て気まずそうだったし(笑)やっぱり後で思う事の方が多いんじゃないかな。生活とか営み、その周辺の時間で行われる事を何となく想像できるようになってきているのかも知れないですね。

 

──────橋本さんは何故あの建物を取り壊してしまいたくなかったのですか?何が一番残しておきたいと思わせたのですか?

 

橋本:さっきも言ったけど、やっぱり「空気」やね。33歳の時にあそこに事務所を作って、21年間やってて。小さい頃からあの場所を知ってたけど、あそこが元小学校だったっていう事は30歳を超えてから知ってね。親父が加工場として使ってた所で、近所に親戚が住んでたし時々行く事はあったけど、あの頃から怖い場所やったからあんまり行かなくて。それから随分経って久し振りに行った時に「あ、ここ面白いな」って思って事務所にすることにしたけど、親父にはめちゃくちゃ言われてさ。「そんなとこで何すんねん」って。もの凄い量の物があったから片付けるのもとにかく大変で、少しずつ浸食していって形にして。取り壊しの前の最後の最後でクロージングパーティーもやったけど、周りから見れば「アホや」「壊すのになんでまた金かけるねん」ってね。だけど、やる価値はあるから。

 

アツコ:橋本さんの結婚式もあそこでやりましたもんね。あと半年で壊すのに式の為に床を塗ったり…

 

橋本:あれ、嫁も時々手伝ったけどほとんど一人でやったからさ。脱力感でやってた(笑)

 

洋平:これから結婚式なのに(笑)

 

橋本:それを今でこそ写真にしか残ってないけど、伝えていかないとね、僕の使命と言う訳じゃないけど。多少は残ってるけど、あまりにも経済的なことだけ優先されていった建物ばかりでね。教育委員会にしても、小学校をそのままの形では残せないって言うし。やっぱりそういう価値観の人しかいないから。解体が決まるまで、あぁしよう、こうしようって10年近くやってね。結局身内が建築家に関わっていても、みんな会社の運営のことしか考えてないから、そんな思いみたいなものを何も共有できない。でもそっちの方が経済的には成り立つし、僕のやってる事の方が実はマイナスになるんやけどね。要は僕のやってることはお金を生まない内容なんですよ、まさにソコ。

 

──────取り壊しに反対する橋本さんの活動を見てこられた同じ建築業界の方々も沢山おられたと思いますが、みなさんの反応はどのようなものでしたか?

 

橋本:全然クール。親父が生きてた頃もこんな話よくしてたね。親父達の時代って言うと景気が良くなってきた昭和40年代以降になるけど、あの頃の人達って自分たちの文化的なものをめちゃくちゃ感じててね。でも40年代を境にそれ以降はどんどん壊して建てていくっていうふうに価値観が変わってくるんですよ。変わる前を見てきたあの人達はいいけど、そこから以降の人ってそんなこと分からへんもんね。それが凄く勿体ない。何を伝えるべきか、それは当然新築でも伝えなあかんけど、そこにこもったものってあるでしょ?思いみたいなものもそうやし。そういうのを僕らは吸収しておかないと。色んなものを沢山作ったとしても、そんな思いに勝るものってなかなかできないでしょ?本に載る、載らないを別としてね。

 

──────解体前には不定期で様々なイベントも開催されていましたね。BARやLIVE、図書室として解放されたり。来られる方に感じて欲しかったことはありますか?

 

橋本:あるよ。最初は2008年にやったBARかな。「闇BAR」みたいなんやってね。それから少しずつ「ココなんやろ?」「何かやってるわ」ってなってきてLIVEも始めたりして。まだまだ伝わってなかったけど、「なんかココ面白いなぁ」みたいなものを、やっぱり共有しておかないとね。でもそういう類いのものは結局続けていくことが難しくなっていく。事務所の近くにも大きな酒蔵があってね。そこで色々面白い事やってはったけど、最後はマンションになっちゃってね。要は税金を払えないからさ。

 

アツコ:町が変わっていきますよね。

 

──────その場所に流れる空気や匂いのようなものを、来られる方に感じて欲しかったのですね。

 

橋本:そうやね。その人達もお家に住んでる訳やけど、ほとんどの人がハウスメーカーで建ててると思う。でも本当にみんなそれでいいのかな。「あ、ココいいなぁ」って感じてみたり、これまでにきっと感じた事があった昔のそんな感覚をちょっと振り返ってみて欲しいな。

 

アツコ:なんか不思議なんです。例えば橋本さんとはやっぱり思い入れが違ったり、私達がそこで暮らしたこともなければそこまで知ってる訳でもないのに、凄い引力があるんです。何でだろう?何か知ってる気がすると言うか。別にあの建物だけじゃなくて、古い建物ってやっぱり何かあるじゃない?

 

橋本:だって昔は、ある程度の住宅や町屋は大工さんがデザインしてたでしょ?作る側がデザイナーでもあったからね。作り手の思いも含めて、そんな事がどんどんなくなってきてるから、やっぱりそこに違いがあるんじゃないかな。僕ら設計者や大工さんでもそうやけど、その人達と共有できるものが図面だけじゃダメでしょ。それって凄く大事なところやと思う。

 

えっちこうむてん -終わりと始まりの写真。-|INTERVIEW vol.19

 

──────橋本さんが書かれていたブログの中に、自分の経験と重ねてしまったお話がありました。「みんなこんな空気を味わって育ってきてるのに、それを平気で忘れて壊していく」では何故そんなふうに平気で変えてしまう、壊していってしまうようになったのだと思いますか?昭和やそれよりもっと以前だと、不要となった建物を何か別のものに転用して、そこから新しいものを作り上げる事がごく一般的だったのでは?と思うところもあるのですが。

 

橋本:要は手間がかかるからやね。

 

洋平:昔って、そうだったんですか?

 

橋本:うちの事務所もそうでしょ?明治時代から京都にあった小学校が茨木にきて倉庫として使われて。それが当たり前やった。人件費もそりゃかかるかも知れんけど、もっと大事なことやプラスがあるからね。

 

アツコ:柱だって良いものだったら何百年って使えるし、ただ技術的にももう…

 

橋本:できる人も少なくなってきてるからね。今いるこの場所もそうやし、うちも木造トラスやったけど、昭和30年代頃までは大工さんが普通にみんなできてた。今はプレカット技術が発達してきたから昔の技術が使えないし、できなくなってきててね。職人さんも減ってきたし、簡単に出来るパネル工法が主流になってきてしまって。

 

──────昔からある技術を残していこう、とはなりにくいのですか?

 

橋本:そりゃあ京都や東京でもそういう大工さんはいますよ。そういうグループを作って伝統工法をやったりしてね。でも僕らが一般的にそれのみではやっていけない。それこそ色んな需要があるからね。そこで…でも何やろうね。技術だけじゃなくて、構造だけでもなくて、でもそんな思いも含めてどう表現するかやね。それはもう全く違うものかも知れないけど、痕跡は残せると思うねん。

 

──────橋本さんが事務所として使われる前は橋本さんのお父様が倉庫として使われていたということですが、お父様もあの建物を残しておきたかったのですか?

 

橋本:それは全然なかったね。だけどさっきも言ったけど、文化的なものが好きなんです。建物もそうやけど、絵も好きで。でも自分の中で仕事として成り立ってきた形があって、残すっていう感覚が全くないんですよ。麻痺してたと思う。

 

──────そうなんですね。もしかすると何か使命感のようなものがあったのかと思って。

 

橋本:全然ないね。

 

洋平:使命感がなくても、そういうことをするのが普通だった時代なんですね。

 

橋本:うん。

 

アツコ:でも本当に、今回は橋本さんが…だったんですもんね。

 

橋本:そうそう。もうギリギリの所までいったけど、跡地にマンション建設の話が持ち上がってきたし、途中でもう無理だと思ったんですよ。そうなると自分も「もういいや」って諦めないとね。今も僕、マンションの定例会にちゃんと出てますよ。たまに「色はこんなん使ってください」とかデベロッパーに言ったりして。

 

アツコ:橋本さんって、その権限があるんですか?

 

橋本:一応クライアントで権利は共有名義やからね。向こうの人にしても、今までこんなのがなかったから面白いって言ってやってくれてるよ。僕、影では偉そうなこと言ってますけどね(笑)

 

──────HPの中で他にも気になった言葉が書かれていました。「きちんと作られたものは生かしていきたい」 この「きちんと」というのはどういうことですか?

 

橋本:そんなこと書いてたかな。でも何やろ。きちんと…

 

アツコ:美しいものじゃないですか?例えばそれが出来た作品の美しさと言うよりも、職人さんの行動・行為の美しさであって。私は橋本さんのこと、凄い美意識の人だと思ってるから。

 

橋本:いえいえ。まぁでも、以前僕がいた事務所では鍛えられたからねぇ。「“和”って何や?」「それは“プロポーション”や」とか、「水平なラインを綺麗にしなさい、橋本君」みたいなね。建築・インテリア・音楽・小説・映画とか全部、色んな事教えてくれた。暇があったら「橋本君、映画観に行こう!」って、当時の三越劇場とか行くんよ。僕、自分で事務所してたらそんな事できる余裕ないもんね。あとは“色”とか“色気”やね。色気は大事ってよく言われてたね。

 

アツコ:うん。橋本さんの作品は凄く色気があると思う。

 

橋本:それを大事にせなあかんってよく教えられたけど、どうすれば良いか分からへんから、デザインができなくてもいくつもプランを立てて何十枚も描いて見せる訳よ。それまでの数年間が一番しんどかったね。他にもヌーボーとかデコとか、色んな様式も教えてもらってね。すごく勉強になりました。今やったらパソコン上ですぐ出来たりするけど、そこまでの“線”の決め方やね。今でもよく言うけど、ライン、特に曲線は絶対に自分の手でもっと描くべき。そこから色々決まってくる。後の作業はパソコンでもいいけど、その空気感の違いって絶対あるんですよ。

 

アツコ:製図板使ってる人、今いないって言いますよね。

 

橋本:そりゃおらんわね。僕はパソコンができないから今でもやってるけど(笑)

 

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photo yohei sasakura

 

橋本:けどスケッチはね、ちゃんと描けるようになったのってここ4,5年なんです。ずっと自信がなくて。さっきも僕偉そうな事言ったけど、そこまでまだ空気感を出せてなくてね。東京の人に「橋本さんのスケッチって建築的でなくて、インテリアっぽい」って言われるし。だから「あ、まだ軽いねんなぁ」って思うよ。

 

──────お話は少し逸れてしまいますが、笹倉さんは美術作家としても精力的に活動されていましたね。あの「ツタ」をモチーフにした線画を実際に拝見したこともありますが、何故「ツタ」だったのですか?

 

洋平:ずっと完全抽象で線を描いていたんですけど、だんだんとモチーフに具象が入り出したんです。モチーフのイメージが花とか植物、空の雲なんかになってきて、そんな有機物を描いてるうちに「ツタ」になったんです。冬に葉がバッと落ちて、線だけ残ったあの枯れてるツタがすごく良くて、それを延々と写真に撮ってる時期があって。仕事として写真をする前だから本当に素人写真でしたけど。

 

──────私個人的に「ツタ」と言うと、壁の向こう側にある「空間」のようなものを連想してしまいます。現在の写真家としての活動にも、もしかすると何か繋がっている部分があるのではと、勝手に想像していたのですが。

 

洋平:どちらかと言うとツタは破壊的で暴力的なもの、支持体を壊して無限に広がっていくもので。自分の中では大きな生命力の象徴でもあるんですけど、それが写真と繋がってるのかな?

 

アツコ:多分、建築コンプレックスがあったんじゃない?

 

洋平:建築はね。まぁ流れ的に言うと、絵の作品がタブローからどんどんインスタレーションに移っていって、それは同時にツタの作品になったんです。空間を読み解いてインスタレーションしていくことが多くなってきた辺りで、建築の写真を撮る仕事もちょうど始まり出したんですけどね。そんなふうにしてどんどん空間寄りにはなっていったけど…

 

──────そうだったんですね。一言で「写真家」さんと言っても、被写体として選ばれたのが何故「建築」なのかな?と思っていて。

 

洋平:もともと空間っていうものに凄く興味があったし、好きだったし…、でも向いてなかったんです。僕、製図が全くダメで。真っ直ぐな線が引けなくて四角さえ描けなかったんですよ。でも絵にしても、写真にしても、全然教わってきてないんで…

 

橋本:それでええんちゃう?僕も学生の時そうやったし。僕が建築の専門学校に行ってたのって今から32年前になるけど、なんかね、エンジニアの世界であってデザインっていう感覚じゃなかったんやけど、それが凄く嫌でね。随分遠回りしてきたけど、別にそんなので全然良いと思うよ。僕らも住宅に携わってるから写真家さんに頼む訳やけど、以前は凄く堅い人ばっかりでね。例えばそれが有名な建築雑誌出身の人であっても、こう撮るべき、ああ撮るべきとか、そんな事言う人が多くて…面白くなくてね。僕は全然そこに興味が持てなくて、逆に写真に興味を持ち始めたな。ずっと「何か違うな」「やっぱりこんな構図は嫌や」と思ってたから、友達に売ってもらったキャノンで自分でも撮るようになってね。僕は写真のプロじゃないけど、なんでこんなカット撮りするんやろ?って思う事が多い。こんな事言ったら怒られるから言わないけど(笑) でも空間を撮るのは凄く難しいと思うんです。周りのみんなは「いつもこの人に撮ってもらってるから」って言っていつもの人に頼んでるけど、僕はいつも「う~ん…」ってなっちゃうね。

 

アツコ:どうして私達に頼んでくれるんですか?

 

橋本:感覚的に分かるからちゃう?説明しなくても大丈夫やから。僕いつも任せてるやん(笑)でも、例えば僕らが20代の頃の建築写真なんかを思い出しても、もっと写真そのものが面白かったんですよ。モノクロもあったし、コントラストが凄くきつくてよく分からないような写真もあったけど、それを載せてくれるんです。それがどんどん説明的になってきたから面白くなくなってきてね。そんな写真家さんと話してたら分かるよね、アカン、面白くないなって。それはやっぱり普段の自分の磨き方やと思う。

 

──────笹倉さんは、そういう人達とはどう違ったのですか?

 

洋平:そういうのやめましょうよ…

 

橋本:いや、別にただの感覚でしょ。色々アートもしてたしね。そりゃ歳をとったら深みも出てくるかもしれないし、それもどうか分からない所もあるし。ただ部分的には悲しいかな説明写真もあるだろうし、そこでどう駆け引きするかもあるんじゃないかな。

 

アツコ:ただ橋本さんの撮影の場合は、説明はいらないなって思う。

 

洋平:うん。説明写真は撮らないですね。なんかね、他の時と全然違って、感覚的な部分がそれこそ全く別ものなんです。それを無理してこっちで探さなくてもいいと言うか、体の中にスーッと入ってくるから。

 

橋本:だから最近、撮るか・撮らないかで考える事もあって、もう全部撮らなくていいかな?とも思ってる。だから僕オープンハウスもしない。なんか嫌やなぁと思って。

 

──────なるほど。少しお話は戻ってしまうのですが、元橋本さんの事務所であったあの場所の良さを言葉にするとしたら?

 

橋本:何やろうなぁ。それに気付くのはもっと後やと思うね。事務所やったから何かを作ってた訳でもないし、別にノスタルジックでもないしね。あの事務所を作った時は極力デザインせんとこうと思ってたけど、それが後々僕にとって良かったね。控えるデザインって言うのかな。しょうもない事かも知れんけど「土」もあったしね。雨の日にね、アスファルトじゃない雨音の綺麗さなんかも凄く良かった。光もそうやね。僕はその時まで気付かなかったけど、真っ白な空間にいて、外が西日から夕日になってくる頃、光が反映して空がブルーになるんやね。本当に、そんな所から感じ取りますよ。今住宅なんかをやってても、僕は西日っていうのが好きでね。あんまり入れ過ぎたら嫌がられるけど、ちょっと入れてみてあげたり。

 

──────事務所のクロージングパーティーの時に「この場所に恩返しをしないといけない」とおっしゃっていたのも印象的だったのですが、その形とは?

 

橋本:あれだけ味わわせてもらったから、吐き出してたんでしょうね。その形は例えば、僕が新しい事務所を作る時に取り壊して出てきた廃材を使ったりだとか、そういう物理的な事じゃなくて、これからも含めて普段の仕事に対してでね。新しい事務所としては、どちらかと言うと遊び的な要素でやってるから。それで偶然、最後の最後の頃に維新派の井上君と知り合う機会があって作ってもらったから、あれはあれでフィナーレとしては凄く面白かった。事務所だった場所が舞台みたいな空間になっちゃったからね(笑)

 

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──────今回の写真展のテーマである「終わり」と「始まり」についてですが、建築において「始まり方」と「終わり方」はどうあれば良いと感じますか?

 

橋本:例えば植物って、時間をかけて育っていって、その土地に合わせていくでしょ。そんな事を住宅では無理やけど、本当はそんな思いでやりたいよね。それで最後は自然に朽ち果てて欲しい。

 

洋平:僕らは始まりばかりを見てきたけど、結局始まりがないとご飯も食べていけない訳ですよね。でもそれは終わりがあるから始まりがある。この2つが別ものじゃないって考えていないといけなくて。自然の流れでそのサイクルが生まれるべきなのに、お金・社会・経済を回す為のものになったらオカシイ話でね。それを冷静に見つめるのが僕の役目とも思うかな。僕らも今回の解体を見てきて、凄く残念やなって思ったけど、橋本さんと「まぁ、潰れるものは潰れるし」っていうような話もしてて。

 

──────私は建築の事を語れるような知識を何も持っていないのであれこれ言っていいのか分かりませんが、小さい頃の町のあちこちで「建てては壊す」という風景をよく目にしていて、その度に違和感を感じていました。

 

橋本:補強して使う事もできる。ただみんなお金に繋げたいからそうなってしまう。結局建築家ってそんなふうになっちゃったのが凄く寂しいなって思う。色んな建築に関係する協会みたいなものもあるけど、正直うさんくささのあるところもある。僕らよりだいぶん上の人達でも「建築家」っていうだけで「偉い人」みたいな独特の世界観を感じる事もあるしね。勿論そんな人ばかりじゃないけど、そんなに偉いか?って思うよね。誰が偉いとかなくって、みんな同じやから。“作らせてあげる”じゃなくて、やっぱり職人さんに“作っていただく”っていう価値観を持っておかないと。

 

アツコ:必ずしも壊すことが悪い事だと思わないけど、最後までちゃんと見守っていたらきっと何かが変わると思うんだけど…

 

──────建てて築くことはもとより、“残す”事について改めて私自身も考えるきっかけになりました。単純に“残す”と言っても、色々な事情があると思いますし。

 

橋本:お金を生むっていう事を考えればいいんですよ。でも何故かみんなマンションだけになってくるんやね。35年ローンで、ゆくゆくは息子達に家賃が入ってくるっていう感覚を残してきてる。例えば住み慣れた、思いのこもった家があったとして、その家をそっくりそのままは使えなくても部分的に残せたりもする。普通のマンションを残してあげるより「あ、こんなんを残してくれたんや」って感じられるものを子供達に見せてあげる方が良いじゃないですか。

 

──────「残すべき」と言うフレーズもよく耳にする事があります。では何がそれに当たるのかと言うと文化的、歴史的、財産的という言葉が次に出てくる事が多いと思うのですが、素人の私は、ではそれはどうやって決められるのか?と思ってしまいます。幼い頃の町が変わってしまった時に、遠い記憶が一瞬で頭の中をグルグルしたのですが、そんな記憶の部分、感覚的な何か、そこも大切にしたいと感じたのですが。

 

アツコ:他の人が見たらただのボロ屋だったとしてもね。

 

──────こんな事を考えていると、これは残しておくべき、と言うより、どれも残しておくべき要素を持っているのでは?とも考え出してしまって…

 

橋本:建て売り住宅なんかもそうやけど、安易に作って簡単に壊していくよね。30年程度の寿命のものを建てては次を売る為に壊していく。そういう価値観でものを作っていってしまってるからね。かと言って僕も自分が携わった住宅を壊しちゃうしね。そんな自分の思いとは矛盾することも正直やってる訳やから、偉そうな事は何も言われへんのやけどね。

 

洋平:結局、残るものは残るし、消えるものは消える訳だけど、もう少し全体の底上げというか、意識レベルの違いで豊かになるんじゃないの?それくらいしか言えないのかな。

 

アツコ:日本の家って、古くは木造ばかりだったこと、地震もあるし火災で焼ける事も多いから、壊すサイクルが短かった訳だけど、今現在においても日本の建築家の技術レベルって世界的にも高いって言われてますよね。その技術が上がると同時に、立て替えるのじゃなくて、何かの形で残していく技術も高められるハズなのになって思う。リテラシーの問題なのかな?

 

洋平:結局は生活を大切にするっていう話ですよね。建築家だけじゃなくて、生活者自身が少しだけそんな意識を持つだけでも変わるものがあると思うんですけどね。

 

──────経済的な理由ももちろん関わってくるだろうし、そもそも理想とする住む形を考えた時に簡単に目に入ってくる情報が、そんな昔とは形を変えてしまったものなので、実は可能性や選択肢が限られていると感じることもあります。それだけしか見えにくくなってしまった事で、昔感じた事があるかもしれない「あ、ここいいな」という感覚を思い返すきっかけも生まれにくくなるのかも知れませんね。

 

橋本:ここに来た時はガラスも割れてとにかくボロボロで、鳩が住み着いててね。少しずつ手を入れて21年以上使いながらあの場所の空気が徐々にできてきた。色々考えるよね。動物も植物も寿命があるけど、建物もそうなんかなって考えてしまう時もあるよ。でも歴史を見たり知ったりすると、建物のエネルギーみたいなものも感じるし、関わってきた昔の人達が感じてた愛情が伝わってくる気がしてくる。僕はそれだけ感じさせてくれたあの場所みたいに、僕自身が作るものにちゃんと愛情を注げてるのかって考える時もあるけど、やっぱりまだまだ足りないと思うよね。

 

アツコ:良い町並みがこんなふうに変わっていってしまうけど、でも今回、最後を看取ってあげられたのは本当に幸せだったな。

 

洋平:僕自身も色々考えるきっかけになりました。

 

橋本:風景が変わっていっても、僕自身は元あった形を忘れたらあかんって思う。人の思いとか、愛情を感じられる場所で過ごすのって気持ち良くないですか?そんな空気を匂わせるような場所を作りたいって思うよね。

 

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gallery photo yohei sasakura

 

 

写真家:笹倉 洋平 / 笹の倉舎 www.sasanokurasha.com

建築家:橋本 健二 / 橋本健二 建築設計事務所 www.kenjihashimoto.com

木村家本舗 2014 http://www.used-living.com/photoreport/kimurakehonpo-repo/

編集後記

近所には大きな商店街が2つ。

子どもにはかなり背の高い錆びたアーケードの下には、魚屋、八百屋、漬物屋、総菜屋、靴屋、洋品店、あの頃見たってここは売れてるのか心配になってくるような生活雑貨の店なんかがひしめいていて、ワンコインでできる古いゲーム機コーナーでこども達は大人の買い物が終わるまで時間を潰す。学校の友達とも偶然会ったりすると、この後の待ち合わせや、次いつ公園に集合するかを決める。

青いザルに山盛りにされた野菜を物色する母といつもの会話をする店主。どこかからつられた同じ青いカゴをぐっと下に引き、手探りでおつりをジャラジャラと集めるおっちゃんが少し格好良かった。

帰りは商店街内にある美味しい定食屋さんで遅めのお昼ご飯。メニューは二人ともいつも一緒。これが楽しみでよく一緒に買い物にいった。
そんな普通の毎日が流れていた町の商店街も、少しずつもとあった形を変えていった。
知らない間にシャッターが閉まったままになり、馴染みのお店のおばちゃんも、それを寂しそうに見ていた。

一度変わり始めるとそのスピードは早く、誰もがよその人に見えるくらい元あった景色を忘れたかのようにも思え、気が付けば大きなスーパーの前には自転車がたくさん停められていた。
そして何年も何年も経った今、そこで見た最後の記憶さえたどれる景色はほとんど残っていない。

ここが大好き。そんな場所がいくつもあった。
短い通学路も、人気の少なくなる校区のギリギリにあった、大きな丸木がたくさん川に浮いているのを上から眺めることができた自転車歩道橋も、小さな水路と大きな滑り台、開かずの扉のある公園も、ちょっと危ない抜け道も、学校帰りに落ち合った駄菓子屋も、朽ちた遊具のある手入れのされていない雑草の生い茂る空き地も。

全てがこどもだった私達にとって大切な場所だった。
特別な理由なんてものはなく、ただ大切だからそこにあって欲しかった。
たくさんの記憶と思い出を友達と集めたあたたかな場所。
ケンカしながらも、そこで駆け回ればみんなが仲間になれるような気がした。

そんな必要なんてないのかも知れないけれど、今の街と、目まぐるしい街の動きに慣れてしまった子供達が、私が今そう感じているような寂しさ、何かをきっかけに思い出す自分たちが大好きだった場所、いつまでも心に残る空気や匂い、そんなものを自分の中にとどめておけるのかと時々思う。そんな記憶のない世代の人達は、どこに帰ることができるのかと思う。

何でもかんでも古い何かを残しておきたいだなんて感傷的なそれではなく、誰かがそこにいたことで重なった空気を肌で感じることができるもの。価値のあるなしではなく、何かたいそうなものに認められたからだけでもなく、愛着のあるものに刻まれたもの、思いが染み込んだものを手にすることで人の心に刻み込まれるもの。ただ当たり前のようにごく自然に私達自身が思いを持つこと。そんなふわっと包み込んでくれる感触のような何かを誰かと共有することも、共有した記憶そのものも、毎日に奥行きを持たせてくれるのではないかと思う。

堅苦しく言いたい訳では全くないけれど、この1つの「なくなる」景色と、新たにそこに集まった人達の思いが、こうやってまた自分の思い出をさらさらと体の中に流し込んでくれた。

自然と時間が流れて生まれた風景が、またひとつ消えた。

by makiko ueno

Camera / toshinoriCawai

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