INTERVIEW

Hiroyuki Saiki|INTERVIEW vol.8

UPDATE : 2012/Nov/05 | AUTHOR : makiko ueno

単純に欲求だと思う。 でも共感できる人の心は動かしたい。
関西から世界に向けて新たなムーブメントを発信するプロフェッショナルや、様々な場面で活躍するアーティストにスポットを当てたインタビュー。
第8弾は、美術作家の才木寛之氏にお話を伺った。

────── 大阪芸術大学デザイン学科卒業ということで、具体的にデザイン学科ではどのようなことを学ばれましたか?

 

才木氏 : デザイン学科も美術学科もデッサンが基本にあるのは同じです。美術学科は自由な表現の追及なのに対して、デザイン学科ではクライアントの希望を満たすという制約があるというようなことを学びました。

 

 

────── 何故、デザイン学科を選ばれたのですか?

 

才木氏 : 何となく…格好良さそうだったから(笑)。その頃の方が計算高くて。昔から美術の絵画は好きでしたが、画家とかそういうのでは喰っていけないだろうと思ってて。それに自分が美術の巨匠みたいなものになるほどの力量はないと解っていました。でも浅はかながら、仕事としてのイラストレーションなら描けるかもしれないと考えてました。

 

Hiroyuki Saiki|INTERVIEW vol.8

作:才木寛之 2012

 

────── 絵はずっとお好きなんですね?

 

才木氏:小さい頃から絵の得意なヤツではありました。でも僕の行っていた高校には美術の授業が無くて、自分が絵が得意ってことを忘れてて(笑)。それでなし崩し的に普通の大学を受験しようと思ってたんですけど、入試のギリギリ半年前位に「あれ?オレ絵が得意やったのに、そういうことをせんでええんかな?」って思い出して。それで美大用の予備校の夏期講習に行くことにしたんです。初等のクラスでは先ず皆デッサンから始めるんですけど、こういう所に来る人達って子供の頃から絵画教室とかに通ってた人達ばかり来るのかなって思ってたんですが、意外に皆まぁまぁ下手で驚きました。これだったら僕も行けるかなって。それで現役受験の時はお遊び感覚ではあったけど、大阪芸大を受験して、でも当然落ちて、結局は普通の大学に行ったけど、やはり芸大の方に行きたくなって、休学して一浪する形で受験し直しました。

 

 

────── 大学を卒業されてからは?

 

才木氏 : デザイン学科グラフィックコースを卒業した同級生達はデザイン事務所や会社のデザイン部門に就職したり先生になったりしてたけど、僕だけ就職もせずにそのまま家にこもってバイトしながらイラストを描いてて。イラストレーターとして仕事を貰えるようになったら、その余暇で美術活動をしよかなと思っていたけど、当然なかなかそう甘くはなく。

最近、Facebookでその頃の絵をアップしてみたんですけど、あらためて見直すとその当時は自分ではイラストレーションのつもりだったけど、どうも心はアートの方向に動いていたんやなと気付いたりして。それに、当時は展示して発表することを思いつかなくて、その頃の絵は殆んど誰にも見せたことがなかったんです。

 

Hiroyuki Saiki|INTERVIEW vol.8

 

────── 実際に拝見しました。数分で描き上げられた習作なんですね?そんな風には見えませんでしたが…

 

才木氏 : そういうタイプの絵が好きで、絵具で計画的に描くというよりも鉛筆が好き。その頃そんな絵をイラストコンクールに出したりもしてたけど、やっぱり全然かすらず。でも毎日スケッチブックを開いて何かしら描いてます。そんな感じで気付いたら美術活動をしようと思っていた年齢になっていました。どうしようかと思っていた丁度その頃、広告ポスターの仕事で皮革の作品の制作依頼があって。

 

Hiroyuki Saiki|INTERVIEW vol.8

 

Hiroyuki Saiki|INTERVIEW vol.8

 

────── 皮革の作品のシリーズは元々はオーダーを受けて制作されたのが始まりだったのですね?

 

才木氏 : 一番最初は卒業制作で今の皮革の作品の原型的なものを作ったのが始まりですね。グラフィックコースの卒業制作で皆はイラストとか商品企画等を制作してる中で、僕だけ皮革で靴のオブジェを…(笑)。その作品が学科賞をとって、それで皆が覚えてくれてたこともあって、ポスターの仕事に繋がったんです。またそれと同時期に阪急三番街のウインドウ・ギャラリーというスペースでの展示依頼があって、そのままアートの展示活動を続けて、今に至るっていう感じです。結局、自分ででは無く、いつの間にかガラッと方向転換してました。

 

 

────── 卒業制作で、素材に皮革を選ばれたのは何故ですか?

 

才木氏 : 元々は革靴が好きっていうだけで。でもその頃は本格的な革靴の知識とかはあまり無くて、何となく理想のイメージみたいなものがあって、それを作品に。

 

Hiroyuki Saiki|INTERVIEW vol.8

作:才木寛之 2012

 

────── アイデア・デザインはどうやって生み出しますか?

 

才木氏 : 基本的にはスケッチで転がしていく感じ。皮革の立体に転換してからは、立体のためのスケッチだけは続けていたけど、絵の為の絵をずっと描いて無いことに気付いてびっくりしたりもしました。ちなみに靴の作品は “閉じた靴” “履けない靴” っていうある種アイデアの要素がある作品ではあるけど、その後はアイデア、意味、言葉等を出来るだけ必要としない方向の作品にシフトしていってます。

アート等の作家はアイデア型の人と、職人型の人とにだいたい別れると思う。例えばコンセプチュアル・アートだったらアイデア型でデザインに近いような言葉や意味が重要な要素になってくるアートであって、それに対して例えば陶芸の作家なら職人型で一つの技術をずっと深く突き詰めていくような。一概に言い切る事は出来ませんが、そう考えた時に、自分は職人型だとは思うけど、そう呼ばれるのもちょっと嫌で。「職人やね」ってそんなに言われたい訳じゃないんです。

 

────── 何と呼ばれたいですか?

 

才木氏 : …「何やろね…」って(笑)。結局、自分が好きなアート作品や感動出来るものってアイデア型の方向にはあまりない。アイデア型でも「おぉ!」とは思うけど、僕の場合は感動のMAX がその瞬間で終わって持続しにくい。職人型の作品は良いものであればずっと感動出来るというか…。あくまで僕の好みですけどね。僕は解らないものが好きで、作った本人にも解らなさが残るような作品が好きです。必ずしも理解=感動では無い。

 

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────── アートですね。

 

才木氏 : そうですね(笑)。でも今度は “アート” と “現代アート” はどう違うの?っていう疑問も一般の人達は出てくると思うんですけど、それはいつの時代も “現代アート” であって。ピカソにしてもルネサンス期の作家にしても、その時代の “現代アート” 。言ってみれば “現代アート” しか存在しない。なのに今、何となくその二つは別れてるでしょ?

 

 

────── 才木さんは “アート” と、今そう呼ばれる “現代アート” にはどういう違いがあると思いますか?

 

才木氏: 僕はアートって一種類しかないと思うから、今その二つが別れているのは、どちらかというと “アート” 側に原因があると思う。常に “現代アート”しか存在しないはずなのに、今の時代って昔に戻れる選択肢があるから、過去の作家や過去の芸術流派と同じことをやっている作家が星の数ほど存在してる。そういう人達との差別化を謀るために “現代アート” という言葉が生まれたんだと思います。僕の場合は最先端を切り開いてるってわけでも無いけど、後ろに戻っているわけでも無いって感じかな。

 

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作:才木寛之 2012

 

────── なるほど。私自身、今第一線で活躍されているアーティストの作品をあえて現代アートと呼ぶ事、分類する事に理由が解らないまま違和感を覚える事が多かったのですが…。

 

才木氏: それはあるでしょうね。でも “現代” って言葉が付くのはあくまで区別する為で、特に自慢するほどの事では無いです。もっと重要な問題はアートなのかそうではないのかという事の境界線だと思います。 僕自身のその境界線の基準は「 世界一」って事なんです。世界で他に誰もやっていないか、或いは同じことをやっている人が他にもいるけど、その中でNo.1であるか。それは高みの話しではなくて最低基準だと思うし、自分の作品でもその基準をクリア出来るように努めてます。”誰もがアーティスト” みたいな風潮が一部にはあるけど、資格っていうのも必要な事だと思います。

 

Hiroyuki Saiki|INTERVIEW vol.8

 

────── 前回、開催された靴のオブジェの個展「 靴人形」では、皮革の作品は勿論、以前制作された絵本も展示されていましたね。絵もさることながらそのストーリー、また個展のコンセプトを文章化した一文も大変印象に残っています。

 

才木氏 : 文章化したコンセプトを先に立てて制作する事はないんですが、言葉を求められる事が多いので制作した後に文章を書く事はよくあります。そういう文章を後から考えてる時に「あ、そういえばあの時に読んでた小説のあの一説が確か気になってたよな」とか、作る前にモヤモヤ考えていた事などを、作品の中に再発見したりする事がよくあります。

 

 

────── 作品の完成形は制作中にもぼんやりとしているのですか?

 

才木氏 : スケッチを基に粘土でミニチュアを起こしているその時点でほぼ形は完成していて、作品本体を進める時点では作業だけになってきます。でも、矛盾してますが一瞬一瞬がアドリブとも言えるんです。

 

 

────── 作品制作に影響を受けたアーティストや作品はありますか?

 

才木氏: 結構あります。僕の場合はだいたいいつも絵画から影響を受けます。自分の年齢によって誰がNo.1かは変化してきましたけど。あと、好きな作品の影響をモロに受けて無自覚に似たような作品を作ってしまう作家が数多くいるけど、そこは角度をつけるなり、フィルターを通すなりして影響は出来るだけ咀嚼し消化しなければ駄目だと思ってます。

 

 

────── 皮革という素材にこだわる部分はありますか?

 

才木氏: 何というか…ファジーな部分。昔から靴を磨いたり皮革に親しんでいたっていうのがあって。自分と相性のいい素材で、単純に好きなんです。元々が素材フェチで、特に経年変化して味が深まるような素材に意味なく惹かれるんです。

それに皮革っていうのは “表層” の代名詞とも言える素材で、その部分も非常に重要です。例えば「人間は外見じゃなくて中身が大事」って昔からよく言われるフレーズですが、近代~現代の思想の変化に伴い「いやいや、外見(表層) が大事でしょう?」っていう哲学の流れも現れてきたりして。勿論アートの分野でも表層を重要視する動きはあって、時代的に僕もその影響を無意識に受けていたと思います。

実は皮革を表面に張り込むという行為は、絵を描く行為に結構似ているんです。絵具の代わりに皮革を張り込み表層を作り、そこにイメージをのせていく。作品の表面を走る溝はドローイングの線と同じような役割で、溝の浅さ、深さで影に強弱が付き、線の太さとなって視覚認識される。立体だけど平面的な感覚で作っています。

 

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────── 才木さんが見て、美しいと思うものはどのようなものですか?

 

才木氏 : やっぱり女性。エロスはありますね。物になると、骨董というのではないですけど、古道具屋に有るような古い物、利用価値が無くて意味が失われた物が好きです。前述しましたがアートでも解らない要素が有る方が好きです。自分の作品でも、立体なので計画的にしないと作れないし、時間もかかる。その間に考えがまとまってきたりもするけど、最終的に自分でも解らない部分が残る。自分の商品でもある作品を「 解りません 」って無責任かも知れないけど。それで文章を求められたりするんですが、でもやっぱり、解らなさ、謎という要素は重要です。

 

 

────── ファッションについても古い時代のもの、いわゆる”ヴィンテージ” と言われるジャンルのお洋服を着ていられますね?

 

才木氏 : いわゆる “ヴィンテージ好き”って言われる古着の世界の王道的な価値観からちょっとズレているものが好きです。元々、服は好きでしたが、何故ヴィンテージの方向へ偏ったのかは、やはり質感が圧倒的に違うっていう部分ですね。素材や作り自体がいいっていう場合も多いし、その物が持っている時間、前述した経年変化の魅力もあります。ファッションに関して、僕には理想型があって、出来るだけ普通であること。ただし全部が最高の質感で普通っていうのがいいです。

 

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作:才木寛之 2012

────── 才木さんは何故作り続けるのですか?

 

才木氏 : 欲です。欲望のままに作っているというか。アートではコンセプトやメッセージ性、崇高な理念なんかががなければならないっていうようなイメージが、教育のせいもあって出来上がってますが、本来は単純に欲求・欲望だと思うんです。なので、ものを作り出したいという欲望を上手く曲げる能力を持っている人は、例えばデザイン等の仕事が出来るんだと思います。元々、僕も欲を曲げる能力は持っていると思っていたので、デザイン学科に入ってイラストを描いていたんです。でも思ったように曲げられなかった。だから曲げる事を諦めて、今作っている作品は欲望そのまま。言わば欲望の塊、自画像みたいなものになっています。

 

 

────── ではコンセプトやデザインを提示された場合の制作は難しくなってくるのですか?

 

才木氏 : 注文を頂いて制作する事はありますが、それは元々僕の作品を知っていて依頼してもらえるので、お客さんがある程度僕の方に歩み寄ってくれているんです。だから僕もそこまで曲がらなくて済むので、それには応えられる。欲望のままにやっているから当然お金にもならないし、全然成功もしないし。でもそれは仕方がないと思ってます。例えば画家の半生を綴った伝記のようなもので上手く書かれていたりするけど、要はワガママで欲望のままに生きていた人達だと思うんです。最後は野垂れ死んで、死後に評価されたり。

 

Hiroyuki Saiki|INTERVIEW vol.8

 

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────── 評論家の方が絵画等のアートについて解説をしているシーンを見て思うのですが、その作家の作品そのものを越えて、その人物の想いや頭の中のような内面の部分までお話しされている方もいると思うのですが、私個人的にはその部分は本人にしか解り得ない部分だと思います。才木さんが評論される側に立ったとき、何か思うところはありますか?

 

才木氏 : 言われたり書かれたりして嫌な事もあるけど、それはそれでその人にはそう見えたのだろうし、その評論を見て一般のお客さんがそう思うのであればそれまでだし。結局は言葉を求める人が大半で、そういう人達は作品を見る気がそんなに無いような感じもします。「評論家はこう言ってるけど私はこう思う」っていうくらいの人はほんの一握り。最近よくある”アートで町おこし” みたいなものも僕はそんなに共感出来ないし、”アートはこうやって楽しみましょう” 的なアプローチも余計なお世話だと思う。人を沢山集めて支持層を拡げていかないとシーンも盛り上がらないのは解るんですけどね。

 

 

────── 改めて、才木さんにとって “アート” とは?

 

才木氏 : 基準としては世界で唯一のもの。そして観る人の心を動かすもの。( ものは “物” 限定ではない ) 僕は好き勝手やらしてもらってますが、観る人の心は動かしたいとは思っています。ただ、大多数の人の心を動かしたいって訳ではなく、共感出来る人の心を。それが「 綺麗 」とか「 素敵 」じゃなくてもいいんです。「 気持ち悪い 」でもいいと思うんです。

 

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────── 美しさを感じるものとして “エロス” を取り上げられましたが、私自身、初めて作品を拝見した時に、肉体的な、内側、外側を含め人体の一部を覗いているような印象を受けた事を思い出しました。

 

才木氏 : エロスも重要な要素なんですが、昔よりは無くなってきたねって最近は言われます。皮革ってパンッて張っている部分は光を反射して生命感のあるボリュームが出る。それに対してボリュームが無く弛緩しているところはシワが寄っていたり、光をあまり反射しない。その性質によって否定的な陰や老いや死などのニュアンスを表現出来る。最近はそっちの部分を見せたいと思ってます。それは僕の年齢のせいかもしれないけれど、”タナトス” の部分が出てきているのかも知れません。

 

 

────── ”タナトス” とは?

 

才木氏 : “エロス” は生命的な “生・性”  で、”タナトス” とは、死を求める欲動のことを指すんですが、このふたつは表裏一体で、”エロス”の影には “タナトス” がある。例えば最高に気持ちのいいSEX をしている時に「もう死ぬかも知れん。」そんな風に思うのは “タナトス” があるから。逆に生命に危険を感じる状況下では性欲が高まるとも言われています。 “タナトス” が肥大化して倒錯してくると、変態と呼ばれる方向に向かったり、自傷行為・自殺願望といった方向へ向かったりも。

 

Hiroyuki Saiki|INTERVIEW vol.8

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因みに皮革という素材は “エロス” と “タナトス” 両方の要素を持っていて。それに表層の話しを合わせて考えると、表層・皮膚っていうものは、例えば男女でSEX をしていても常に壁として存在していて、完全に一体化する事を阻止する。アートや音楽やあらゆる芸術・表現活動は、相手にイメージを完全に伝えて共感するという方向性があると思うんですが、もしこの先に科学技術が発達して「 僕があなたの中に入れます。それで考えてる事も全て解ってしまいます。」そんな事になってしまうと、もう芸術や表現活動なんか要らなくなると思うんです。間を介在するツールが要らなくなるから。でも実際はそんなことまだまだ不可能で、芸術・表現活動はますます多岐に渡って発展していってる。

 

ある時、自分の作品を見ていて「これはなんでこんなに淋しそうなんやろ?」ってふと思ったんです。それは恐らく皮革という表層・壁に閉じ込められているからで、そう考えると人間も同じなんだって思い当りました。つまり、表層・壁は共感したい・されたいという欲望を発生させて、それが芸術・表現活動を生み出し、それと同時に分け隔てられて完全に理解し合えないという孤独感をも生み出していると僕は思うんです。

 

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──────作品を通して伝えたい事はありますか?

 

才木氏: 明確に文章化出来るメッセージはありません。勿論、前述したような事柄は含まれてますが、自分でも解らないような要素も併せて共感してもらいたいと思って作っています。

 

 

──────今後の展開については?

 

才木氏:次の作品についての展開はだいぶ前から考えていて、ずっと皮革でやっていくっていう考えではないんです。皮革の作品はいくつかのシリーズを設定していて、今はまだその途中段階なだけで、あと1つか二つのシリーズまでで考えています。だから “革アーティスト” って訳ではないんです。新しく表現したいことが見つかれば、それに向けての技法や素材はその都度変わる可能性があって、その時が来たら、今まで深めてきた技術や考えは捨てるかも知れません。実際、死ぬまで皮革でやってるかも知れないけど、捨てる勇気は持っておこうと思ってます。でも絵を描くという事をいつの間にかポイッて捨てていた前例もあるので、意外にすんなり違う事をやっているかも知れないですね。

 

 

──────また別のモノで世界一を目指すんですね。

 

才木氏 : なれるかは解りませんけどね。

 

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才木 寛之 / 皮革作家 皮革を主素材に用いて制作

 

1972 奈良生まれ、大阪で育つ

1996 大阪芸術大学デザイン学科グラフィックデザインコース卒業

2004 「SHOE DOLL」阪急三番街ウィンドウギャラリー

2005 「FRUITS」シティギャラリー

2005 「FRUITS」シティギャラリー

2006 「SILENCE-2」ギャラリー クレフテ

2007 「静物」番画廊

2007 「変革」ギャラリー クレフテ

2009 「静物」番画廊

2009 クロスホテル大阪1F アートギャラリー

2011 「渓谷」番画廊

2011 「Valley」ギャラリークレフテ

2012 「靴人形」エニグマ

編集後記

アートを通して思う事。それは表面的な美しさもあり、技法であったりも勿論だろう。見る側がこれまで見てきた、経験してきたあらゆるものが、作品の前へ立った瞬間、自分の中で消化され、自分の感覚としてもう一つの個性となり、感性が生まれる。何故だか分からない、この引き込まれるような感覚は何か。

アーティストでも作家でも、評論家でもない自分が、作品から目が離せなくなる時、何を思うのか。私の中でのそれは、分かりたいと思うその一瞬一瞬のもどかしさが、作品の中へ自分を引きづり込んでいってしまうかのような、ある種意識の外にある特別な感覚でもある。何を語るのか、語りかけているのかも分からないが、内側に生命を閉じ込めてしまっているようにも見える、才木氏の作り出すオブジェ。それは分かっていても見たくない、自分の深い深い奥の部分、その欲望が刻む鼓動なのかも知れない。

by makiko ueno

Camera / toshinori cawai

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