MILBOOKS
UPDATE : 2012/Feb/10 | AUTHOR :
看板が示す3階へ少し長い階段をくねくねと上ると、うっすらと店内がうかがえる、白くてやわらかなエントランスは、無機質だけど可愛い。
従来の古本屋のイメージを覆すような、美しく陳列された古本、古書の数々。
紙とインクの香りがほのかに漂い心地よく、じっくり、ゆっくり物色させてくれる。
大学を卒業後、古本店で働いていたという経歴も持つオーナーの福井氏。
──── “古本屋をしよう” と決意したきっかけについてお伺いした。
福井氏:「当時勤めていた職場でずっと没頭できれば、それでもよかったんですが、頭の片隅で“やっぱり自分でやってみたい”っていう気持ちがずっと消えなかった。それに、もうずっと以前から準備はしていて、自宅には沢山の本があったし。もうね、一度やってみないとどうしようもない、そんなところもありましたね。」
MILBOOKSの「MIL」とは、「1000」という意味を持つ数詞。沢山の本という意味と、本をじっくり「視る」という意味を込めて付けた造語だそう。日本の古本や古書だけに止まらず、写真集や美術書、デザイン関連や文学、歴史、アート、当時のトレンドに触れることができる雑誌や、一部新刊書籍も扱われかなり幅広い。どういったこだわりで選ばれているのかが気になる数々だが、セレクトする際特別なルールはないのだと言う。“面白そうと思えるかどうか” が、一番大きなポイントなのだそう。
福井氏:「沢山の本といはいえ、何でもありというわけではなくて、売りたいと思える本を一冊一冊じっくりと扱いたくて。内容はもちろんですが、和書や洋書、ジャンルやカテゴリーは関係なく、作家や編集者の考えやデザイナーやアートディレクターの意図が伝わる造本など、たくさんの人が関わって生み出されたことが感じられる本が好きです。また人の手を経てきてなお、生命力を感じさせる書物を置きたいし、紹介していきたい。」
今現在広く入手可能な本より、時間的に遡り様々な角度から探す事ができる、そういうプロセスも含めて古本が好きと語る福井氏。取り扱われている古本、古書の全てに目を通されているだけでも驚きだが、実はもう1点ある。表紙をめくると全ての本にそっと、キャプションが添えられているのだ。その本が一番伝えようとしている事をほんの一言。興味を掻き立ててくれ、探す側にはとてもありがたい。
福井氏:「いまでは本屋ですが、本屋さんに通う一人でもあるので、本の扱い方で『こういうところがわかってるな』って感じられる事で、できるコミュニケーションもあるんじゃないかなぁって思うんです。直接言葉を交わす事も勿論大切だと思いますが、“扱い方”そのものから伝わることって、たくさんあると思うんですけどね。キャプションも必要以上に説明をしている訳ではありませんが、書物としての本が発しているメッセージを自分なりに伝えたいと考えています。」
まさに他の古本屋とは違う、MILBOOKSの大きな魅力の一つ。
“丁寧に伝える”というその姿勢は、自ら語らなくても一冊一冊の扱い方の積み重ねから充分に感じ取る事ができる。
福井氏:「今生きている自分達だけで使い切るというのも一つの消費のあり方なのかもしれませんが、譲っていただいた古本からは、読者として大先輩にあたる方の本の集め方、読み方、扱い方を伺い知ることができます。そうしたことも伝えたいと思ったら、自然と一冊一冊と向き合うようになりました。」
それは取り扱われている本に少し触れてみるだけでも分かるような気がする。どれもとても美しいコンディションで、古本?と見間違えてしまいそうな物も少なくない。ごく当たり前のように加速する消費サイクルの中に置かれる私達に、手に取ったその一冊が本の内容だけでなく、大切にする事の“大切さ”も一緒に教えてくれる、そんな気がしてくる。
──── またMILBOOKSでは、本の買い取りも積極的に行われている。そこで気になった、買い取る事が出来ない本についても教えていただいた。
福井氏:「ベストセラーや雑誌等、中古品としてたくさん流通している本になると、どうしてもうちじゃなくても…ということなってしまいますが、珍しい本や貴重な本しか買い取らない訳ではないですよ。お客様からの直接お譲りいただくケースがほとんどなので、分からない場合でも、こんな本はダメだろうと思い込まずに気軽にご相談いただけるとうれしいです。数年来、定期的にお送りくださっているお客様もいらっしゃいます。」
古本・古書というふうに呼ばれる古い本達。はっきりとした定義がある訳ではないということだが、出版社や流通先にまだ在庫があるか、品切れになって間もない比較的新しい本を「古本」、絶版になって非常に時間がたっていて付加価値のついた本を「古書」と呼ぶのが通説らしい。MILBOOKSは古書専門店ではないので、“古本屋”とか単に“本屋”と名乗ってます、と福井氏。探す者のツボを刺激する、良い意味でマニアックな数々の歴史ある本を集めながら、そんな風ににっこり話す福井氏が造るこの場所は、フランクなコミュニティーと言うのか、気取らず自然体で、本の向こう側まで感じ取ることができる。
その他には、アーティストや作家との企画展も、店舗内で不定期に開催されている。こだわりの本に囲まれた中で繰り広げられるもう一つの世界も、合わせて体感してみて欲しい。本の世界に飛び込んだ福井氏に本のお話も少し伺ってみた。そこで出してくださったのが、比較的お手頃な価格ながら古書としても魅力的な一冊がこちら・・・
『雪國の民俗』
[著者] 三木茂 柳田國男 [編集] 村治夫 [版画・装幀] 勝平得之 [発行所] 養徳社(旧甲鳥書林)[発行年] 昭和19年
[判型] B5 ハードカバー [ボリューム] 276頁 [図版] モノトーン|写真 [言語] 日本語 [商品構成] 1冊 [付属] カバー
1920年代から戦前にかけて、松竹下加茂、帝キネ、新興、JO、東宝などの撮影所で、サイレント時代からトーキー時代までの劇映画、また戦時下における戦争のドキュメンタリーや広島と長崎の原爆調査団に参加するなど、記録映画の分野でも撮影を担当したことで知られる映画カメラマン三木茂(1905-1978)。1976年には遺作となった伝記映画『柳田国男と遠野物語』を製作しているように、民間伝承や遺風習俗に興味を持ち、早くから民俗学への関心を抱き、澁澤敬三の主宰していた日本常民文化研究所(アチック・ミューゼアム・ソサエティ)より発行された吉田三郎著『男鹿寒風山麓農民手記』、『男鹿寒風山麓農民目録』の二冊から着想を得て戦前には『土に生きる』(1941年)を監督・撮影している。本書は、記録映画『土に生きる』の参考写真として、昭和15年7月から一年間にわたり秋田県男鹿地方の農村における農事、習俗、衣食住を中心に撮影した二千数百枚をもとに、映画の製作責任者でもある村治夫が構成編集を行い、367点の写真とその解説を212ページにわたって収録し、さらに柳田国男と三木茂によるテキストを収録した資料としても貴重な一冊。
福井氏:「誰にも頼まれたわけでもないのに、売れてはまた探すっていうのを繰り返している本の一冊です(笑)。すごい表情ですよね。(写真を指さして)戦争が始まって間もないころに、地方の村々を回って、失われつつあるものを記録していた人達がいるっていう事も興味深いし、造本からもビリビリ伝わってくる、今見ても全く生命力を失っていない本、そんな気がしますね。」
歴史的資料である事は勿論、約70年前に世に出された本とは思えない写真の迫力にも圧倒される、素人の私自信にも衝撃の一冊だった。
最後に、福井氏にとっての「本」とは—
福井氏:「人と好奇心を反応させる触媒のようなもの。同じ本であっても読む度に知らない世界の拡がりを感じさせてくれるような潜在的なものであることを期待しています。この一冊だけを繰り返し読めたら幸せって思ったり、そうした読み方に満足するようになったら、本屋としては潮時かなと思ってるんですけど、まだまだですね。」
information | MILBOOKS
〒550-0012 大阪市西区立売堀1-12-17 artniks bld.3F
営業時間 : 13:00-20:00
TEL : 06-7653-7952
定休日 : 日 / 祝 / 水
編集後記
うっすらと浮かんだ、自分の中の好奇心を広げる手助けをしてくれる本。
そんな本をもう一度読んでみる。
それが初めて読んだ時と、全く違う印象を与えてくれるものならば、自分を変えてくれる大切な財産にもなるだろう。
もの凄い速さで通り過ぎて行く溢れる情報は新鮮そのものだが、より鮮やかにも映る大先輩達が残してくれたリアルな本に触れ、
そこにある世界のエッセンス一つずつ拾ってみる。
これはもう、一度ハマると止められない事必至。
過去の本を通して広がる新しい世界。
読む事は勿論、見て楽しめるモノも豊富に揃うので、古本初心者の方にもお勧めの隠れた名店だ。
by makiko ueno